ニセモノの白い椿【完結】

「椿。本当に、その男と付き合っているのか?」

どこか悲壮感に満ちた夫の目を、ただじっと見つめた。

「その男、おまえが今派遣で働いている銀行の男だろ? 社内恋愛なんてして大丈夫なのか? それに、見たところ、年下の男だろ? すぐに捨てられるに決まってる。それでも、いいのか――」

「あんたも、分からない人だな」

ひたすらにまくし立てる元夫に、木村が振り返った。

「離婚したんだろ。椿さんは、もうあんたのものじゃない」

木村の声が、人気(ひとけ)のない路地裏に響いた。

「夫婦になって、一度は一緒に暮らして世話にもなったはずだ。そんな人に酷い言葉を吐き捨てるようなろくでもない男に心配される必要はない。それから――」

私の肩に置かれていた木村の手に、更に力が込められる。

「椿さんの本性がばれたから捨てられるとかなんとか言っていたな。見当違いも甚だしい」

「なんだと……?」

木村が不敵な笑みを浮かべる。その表情から、目を離せなかった。

「あんたが見ようとしなかった彼女の素顔。あんたが破ってあげられなかった殻の中のある、本当の彼女。俺は全部知ってる。あんたが知らない彼女を、俺は知っているんだよ。表も裏も、どの彼女も全部、俺にとっては椿さんだ」

――どの彼女も全部、俺にとっては椿さんだ。

不覚にも、その言葉で、さっきまで(こら)えることの出来ていた涙が零れ落ちた。
これまで、誰にも言ってもらえることはなかった言葉だ。

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