ニセモノの白い椿【完結】
なんとか足を前に出し、歩き出す。
木村に恋人がいるのなら――。
やっぱり、私があの家にいていいはずがない。
いくら友人だからって、恋人の立場に立てば、他の女と暮らしているなんて知ったら耐えられないに決まっている。
そんな、図々しい女にはなりたくない。
私は、年上で、それより何よりバツイチで――。
湿度のある空気が身体中をまとわりつくのに、心も身体も冷えていく。
ちゃんと自分の立ち場をわきまえている。
友人だからこそ成り立っていた関係で。
それは、木村に対して抱いてはいけない感情で――。
さっきから収まらない激しい鼓動の中で、胸が締め付けられる。
抱いてはいけない感情って、何よそれ。
それじゃあ、まるで……。
目を閉じても浮かび上がる。
木村が隣に並ぶ女性に親しげな視線を向けていた。
それは、白石さんや私に向けることのない視線だった。
それだけで、特別な人なのだと分かる。
自分の置かれた立場も関係も、頭では分かっているのに心が言うことをきかない。
刺すような痛みも胸を打ち付けるような鼓動も全然収まってくれない。
地下鉄の駅へと続く階段の途中で立ち止まる。
私に訝し気な視線を向けながら、横をたくさんの人がすり抜けていく。
これまでずっと、知らないふりをしていた。気付かないふりをしていた。
私に向けられた思いやりも、なんだかんだで優しい言葉も、辛い時にそばにいてくれた温もりも、それが全部私の心の中に降り積もっていたのだということ。
気付いてしまえば、苦しいだけだと本能で知っていたのだ。
だから、硬く硬く感情を閉ざしていた。友情という傘の下で自分を守っていた。
恋愛感情なんて、いらなかった。
知りたくなかった。まさか自分が、人を好きになるなんて思いもしなかった。
傷付いて、生きて行くのに精いっぱいで、そんな心の余裕はないはずだった。
なのに、私は、木村を――。
脳裏にべったりと張り付くつい数分前に見た光景が、私に気付かせてしまった。
気付いたところで困るだけなのに、そんな私にお構いなしに押さえつけて来たものをつきつける。