ニセモノの白い椿【完結】

「どうしてって……、そんなに早くもないと思うけど」

木村が不思議そうに私を見つめる。
取り乱してはだめだ。平静を装って、いつもみたいに、友達みたいに話せばいい。

「実はね、今日、木村さんを見かけたんだよね」

リビングダイニングに向かう木村の後を歩きながら、なんでもないような声でそう切り出した。

「俺? どこで?」

明かりをつけたリビングで、鞄を床に置くと木村が私に向き合った。

「見ちゃったよー。感じの良さそうな女性と二人して表参道駅近くのマンションに入っていくところ」

この声が硬くならないように、顔が歪んでしまわないように、必要以上に陽気な声を出す。

「……え?」

「だから、今日は帰り、遅いのかなって思っただけ。それにしてもみずくさいな。付き合っている人がいるなら、ちゃんと言ってよ。私たち、友人なんだよね?」

「付き合っている人なんて、いないけど?」

さきほどまでの、いつもの穏やかな木村の表情が険しくなる。

「じゃあ、もしかして、遊び……とか? まあ、木村さんは独身なんだし、それをどうこう言うつもりはないけど。でも、遊びだとしても、その気持ちは変わるかもしれない。いや、むしろ変わってほしい。友人としては、真っ当なお付き合いをしてほしいと思うし。その方が、いいよ。うん。だから――」

この口が勝手にぺらぺらと喋り出す。機械に油を差したみたいに滑らかで、怖いくらいだ。

「――ねぇ、何がそんなに楽しいの?」

そんな私をその一言で黙らせた。
低い声だけじゃない。木村の手が、私の腕を強く掴むから、必死に笑っていたのに、一瞬にして私は固まってしまった。


< 123 / 328 >

この作品をシェア

pagetop