ニセモノの白い椿【完結】

さっき、このマンションにたどり着いて、木村の隣を歩いていた女性が友人の奥さんだと知った時、私は間違いなくほっとした。心から良かったと思ってしまった。

それが、私の抗いようのない正直な気持ちなのだ。

誰かを想う気持ちは、どんなに抵抗しても誤魔化しても、どうやったって込み上げてくるもの。そんな当たり前のことを、初めて実感した気がする。

「――確かにそうですね。その想いがどんなに自分にとって都合が悪いと思っても、だからって消えてくれるものじゃない。そうやって、雪野さんは真摯に真っ直ぐに自分の感情と向き合っていたんだ」

本当に真っ直ぐな人だ。そして、自分からも置かれた状況からも逃げない人――。

年下だとか、そういうことを忘れてしまうほどに目の前にいる雪野さんを尊敬した。

「偉そうなことを言ってしまいましたが、そんなにうまくできたわけじゃないんです。ただ好きだという気持ちだけがあっただけで」

はにかんだ雪野さんは、やっぱり可愛くて。

こりゃあ、仕方ないわ。
あの強面御曹司も、こんなに真っ直ぐで見返りのない想いを注がれたら、惚れてしまうだろ。誰にも渡したくないと思うに違いない――。

「そんな雪野さんに、榊さんはゾッコンになってしまったんですね?」

「えっ? ゾッコンだなんてそんなことは……」

照れてる照れてる。耳まで真っ赤だ。

「この短い時間で、十分に伝わってきましたよ。榊さんが奥様に惚れまくっているって。羨ましいです」

奥様に向ける視線の優しいこと優しいこと。あれで分からない人なんていない。

「あっ、そろそろ出来上がりますか? すごい、こんなに手早くお洒落なおかずが出来てしまうなんて」

意図的だろうか、雪野さんが慌てて話題を変えた。そんな雪野さんを横顔を見て、ふっと笑ってしまう。でも、彼女に感謝していた。

雪野さん、ありがとう――。

ここ数日ずっともやもやとしていた。

気付きたくなかった感情や、木村との関係……。
自分の置かれた立場を振り返れば、ただ辛くなるだけだった。

認めたくもない不都合な感情。

でも、雪野さんと話をして、少しだけすっきりとしている自分がいる。
誰かを好きだと思う気持ちは、どうしようもないことなのだ。

――好きでいることは自由だ。誰かを想う心は私だけのもの。

木村の気持ちが友情だろうがなんだろうが、私がバツイチだろうが、そんなものはお構いなしに込み上げる。それが例え実を結ばないものだとしても、その気持ちは、私の中に確かに芽生えたものなのだから。

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