ニセモノの白い椿【完結】
「いや、勝手に知らない人の家に連れて行って迷惑だったかも……って後から思って。でも、生田さん、楽しそうにしてくれたから、本当に良かった」
そんなことを気にしていたんだ――。
全然気づかなかった。
「それに、創介からも伝言。生田さんに、礼を言っておいてくれって」
「……え? なんで?」
さすがに、クエスチョンマークが脳内で激しく点滅する。榊さんに礼を言われるようなことは、していない。
「実はね――」
夜景に背を向けていた木村が、身体を反転させ窓の向こうに視線を向けた。
「三か月前くらいらしいんだけど、雪野ちゃん、ちょっとばかり辛いことがあってね」
「辛いこと……?」
この日の彼女の表情を思い出しても、どれもこれも優しい微笑みに満ちていた。
「うん。初めての子どもを妊娠したんだけど、流産してしまったんだ。その時は、雪野ちゃん、酷くショックを受けていたらしい。今ではかなり元気になっているんだけど、でもやっぱり時折ふっと気分が落ち込んでしまう時があるみたいなんだ」
そんなことがあったなんて。
あの穏やかで優しい微笑みが、引き裂かれたんだ――。
そう思ったら私まで胸が痛くなった。
「でも、今日は雪野ちゃん、たくさん笑っていたし、生田さんと楽しそうに話していたし。それを見た創介は、本当に嬉しかったみたいなんだ。だから、お礼」
それでか――。
先ほど榊さんの家で、雪野さんを見る榊さんの表情に引っかかった時があった。
でも、その理由が分かった。落ち込んでいる妻が楽しそうにしている姿が、本当に嬉しかったんだ。
「――榊さんは、本当に雪野さんを愛しているんだね」
思わずしみじみと呟いてしまった。