ニセモノの白い椿【完結】
「――お客様」
気持ちいい。海にでも浮かんでいるみたいに、身体がゆらゆらする。
「お客様、大丈夫ですか?」
「……はい?」
大丈夫って、何が。
大丈夫よ。めちゃくちゃ、いい気分で、むしろ大丈夫過ぎるくらいだよ。
「もう一杯、おねがい、しまーす」
「でも、もう終わりにした方がいいのでは? なにか温かい飲み物でも出しましょうか。つまめるものも一緒に」
いやいやいや。せっかくこんなにいい気分になっているのだから、この波を止めないでよ。お兄さん。
「お酒で、お願いしますっ!」
手をあげる。勢いよく挙げたせいで、身体がぐらりとしてテーブルに突っ伏す。
そう言えば、私、あんまり酒に強くなかったっけ。眞から、あんまり飲むなと釘を刺されたな。
知るか。飲みたい夜もあるんだ。
「――いや、でも……」
バーテンダーが酒を出し渋っている。
客の要望に応えるのがあなたの仕事でしょう。
「美味しいの、お願いしまーす。今日は、もっと飲みたい気分なんですよー」
「――どうしたの?」
バーテンダーとは違う男の声が入り込んで来た。
誰だよ。
「ああ、木村さん。こちらのお客様が、まだ飲み足りないとおっしゃっていて……」
なんだよ。人を困った客みたいに。
ただ気持ちよく飲んでいるだけだってーの。
「――ああ、なるほど。確かに、これ以上飲ませない方がいいかもね。女性一人で、危ないし……。ちょっと」
隣に腰掛けて来た気配がする。
おいおい、誰も隣に座っていいなんて許可してないんですけど。
「もう、やめたほうがいいんじゃないですか? あなた、一人でしょう? 帰るのも危なくなるでしょう」
「関係ないので、放っておいてください」
「困った人を放っておけないタイプなので。マスター、何か飲みやすいソフトドリンク、出してあげて」
「かしこまりました」
私の横で勝手にやり取りが進められている。
都会のバーは、やっぱりそういうところ?
見ず知らずの人間に、こうやって慣れ慣れしく近付いてくるのか。