ニセモノの白い椿【完結】
唇に確かに吐息を感じたのに、そこには何も触れなかった。
その代わりに、私の頬に何かが添えられる。
何がなんだか分からなくて、恐る恐る瞼を開く。
「……何してんの」
そんな私に、さらに何がなんだか分からない言葉が降って来た。
意味が分からなくて、木村の目を探るように見つめる。
何かを押し殺すようなしかめた表情が、私の視線と交わった瞬間に変わる。
困ったように笑う木村のその表情と弱り切ったような声に、戸惑いを隠せない。
「何……って。それは、こっちの、台詞、ですけど」
なんとか絞り出したセリフは、陳腐以外の何ものでもない。
きっと、私の表情は強張ったままのはずだ。
木村が、嫌というほど優しげに私の頬を手のひらで包んだ。
「酔った男に押し倒されてんのに、何、目なんか閉じてるの。押しのけて、平手打ちの一発くらいくれてやらないと」
木村のその言葉に、恐ろしいほどの緊張で固まっていた身体から一気に力が抜けていく。
それは安堵なのか。
ううん。間違いなく、落胆だ。
結局、酒の力があってさえ、木村は私を女としては見てくれなかった。
「……自分を疎かに扱っちゃ、だめでしょ?」
頬を這う木村の指一つ一つから受け取る温もりが、私の胸を締め付ける。
そんな風に大事なものを扱うように私の頬に触れながら、いつもみたいな口調で話す木村を見ているのがたまらなく辛い。
木村は、これまでの関係を崩さないことを選んだのだ。
「どうしてよ。別に、減るもんじゃないし。いいじゃない、一回くらい」
放っておけば、絶対に目に涙が溜まってしまう。だから、私も、その木村の意思に懸命に応えることにした。
「ましてや、汚れを知らない乙女でもない。どうってこと、ないと思うけど」
でも、やっぱり、強がるにはあまりに傷つき過ぎていて。
思わず木村から目を逸らした。
「そんな、心にもないこと言うなよ。どれだけ自分の身体が強張っていたか、分かってるの?」
そう言うと、木村の身体は私から離れて行った。それと同時に、頬に感じていた温もりも消える。それに名残惜しさを感じる私は、本当に、愚かな女だ。
「冗談が過ぎたな。一気に酔いが醒めたよ」
ベッドのマットレスに置き去りにされたままの私は、のっそりと身体を起こす。
私に背を向けたままの木村を、こちらを見ていないことをいいことに、じっと見つめた。