ニセモノの白い椿【完結】

その嫌味な笑みに苛立ちを覚えながら、何かが心に引っかかる。

この人、どこかで会ったことある――?

懸命に頭の中の記憶を探してみても、答えは出なかった。
何かの気のせいか。

それにしても、見ず知らずの人に私は一体何を喋ったのか。

とにかく。早くここを出なければ。
それしかもう考えられなかった

「ご迷惑おかけしました。私、帰ります――」

「ちょっと」

そそくさと逃げるように部屋を出ようとすると、腕を掴まれた。

「ひっ」

思わず悲鳴を上げる。

「そんなに警戒しなくても、大丈夫だから。それより、この場所分かってる? 帰れるの?」

確かに――。

私は東京に土地勘なんてない。
ここを出たからと言って、どこにどう行けばいいのか分からない。

私を少し見下ろすくらいの身長の差で、男が私を見る。

「あなた、東京の人じゃないんでしょう?」

私、そんなことまでこの人に――?

「俺、どうせこれから出勤だし、途中まで一緒に行こう」

「け、結構です――」

「ああ、そうだ。東京で部屋も探してるんだよね?」

この男は私の話を聞いてるのか――?

「『東京は家賃が高すぎる。ふざけるなー』って喚いていたけど」

もう、自分で自分が恐ろしい。
やっぱり、眞の言う通りだった。私は、飲んではならない。特に、一人では。

「なんなら、ここに住む?」

「……は?」

何か、意味不明な言葉が耳に届いた気がする。

「家賃、いらないし。東京での生活が軌道に乗って、いい部屋が見つかるまでここにいてもいいよ?」

私は、言葉を失い、ただただ男を見つめる。

この人、バカなのか。それとも、やはり、とんでもなく悪い男なのか――。

「な、何をバカなことを言っているんですか? 一体、何を企んで――」

怖い。東京は、怖い――!

「別に何も企んでないけど。ただの人助け」

何でもないことのように言う。

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