ニセモノの白い椿【完結】

「生田さん……?」

驚いたような目が私を見下ろしている。

「ご、ごめんっ。わたし――」

どうしてだろう。怖い。
いざとなって、怖いとか、意味が分からない。

「……いいよ」

ガチガチに固まっていた身体をふわりと抱きしめられる。

「俺の方こそごめん。余裕なさ過ぎだよな。がっつき過ぎた」

「う、ううん。イヤとか、そういうんじゃなくて……っ」

さっきまでの激しさが嘘のように、その腕があまりに優しくて胸が痛くなる。
もったいぶるような身体でも年でもない。
どうして、私は、ブレーキをかけてしまうんだろう。

「――分かってる。今日の今日まで、お互いこうなるとは思っていなかったんだから。気持ちが追いつかないんだろ?」

優しく何度も私の髪を撫でる。何度も何度も、私の心に寄り添うように。

「いい年して、なんだろね……」

申し訳ないと思うくせに、その身にすべてを委ねてしまいたくなる。

「いや……。初めてあなたを抱くのに、こんな風に慌ただしくすませるのは間違ってるな」

「木村さん……」

抱きしめられている胸から、顔を上げる。その時交わった木村の目は、私のすべてを包み込むようなものだった。

「4か月近く耐えたんだ。あと3日くらい我慢できる。その代わり――」

でも、その目が妖しいものに変わる。

「帰って来たら、覚悟してね。それ以上待てるほど紳士じゃないので。どれだけ生田さんが疲れていても、寝かせないから。一晩中、俺の腕の中に閉じ込める」

「き、木村さんっ!」

木村は、「本気だから」と言って笑う。
そして、私の身体から離れると、隣に仰向けに寝転がった。

「あーっ、いっそのこと俺も一緒にニューヨークに行こうかな」

「何言ってんの。木村さんには仕事があるでしょ!」

隣り合って寝転がりながら、お互いの方を向いて見つめ合う。
本気になってそう喚くと、大人の笑みが私に向けられた。そして、どちらが年上か分からなくなるような、包み込むような手のひらが私の頬に触れる。

「……そうだな。俺は俺のやるべきことをして生田さんを待ってるよ。だから、絶対、俺のところに帰って来て」

胸元が乱れたシャツ、斜めに落ちる前髪からのぞく優しげに細められた目――男の色香を漂わせる木村に、クラクラする。

ああっ。やっぱり抱かれておけばよかったか!

そう心の中で舌打ちした自分を、すぐさま取り消す。
多分、今抱かれてしまっていたら、私、間違いなくぶっ壊れていたと思う。
身も心も腑抜けにされた自信がある。そんな状態で、ニューヨークになんて行けない。

「その約束の証に、もう一回キスしていい……?」

超絶甘い目でそんなことを言う。
そんなの、頷いちゃうに決まってるじゃないか。

さっきの貪るようなものじゃない、優しい優しいキス。
私の唇の形を丁寧に確かめるように、何度も何度も重ねられる唇。

ほら――それだけでもう、私はもうとろとろに溶かされる。


短い逢瀬の後、私はニューヨークへと旅立った。

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