ニセモノの白い椿【完結】
「――この部屋に決めます」
内覧に来た部屋で、不動産会社の人にそう告げた。
今度は、いろんなエリアの相場や路線なんかを入念に下調べをしてから上京した。
一か月に入る予定の収入から考えられる予算、職場への通勤経路、その二つで折り合いをつけた。
私の予算ではどう考えても表参道なんて場所に住めるはずはない。
それでいてあまりに郊外過ぎても通勤が大変になる。
東京の下町と言われるエリアの、駅から徒歩10分の賃貸アパート。
築20年ほどの1Kの部屋。六畳の和室に小さなキッチンが付いた部屋だ。
何もないがらんとした部屋の真ん中に立ち、見回す。
ここが、新しく生活を始める場所だ。
何もかもを忘れて、何もかもをリセットする。
一人で生きて行く、場所だ。
それからすぐに浜松の部屋を引き払い、東京へと引っ越して来た。
その時、元夫との生活で使った家具も全部処分して来た。
何一つ、痕跡一つ、残したくない。
家財道具は、必要最低限のものだけを揃えて、とりあえず新しい生活を始めることにした。
「――お姉さん、東京に出て来ることになさったんなら、もっと早く連絡してくれれば。いろいろお手伝いできたのに!」
引っ越しを終えた日、殺風景なアパートに沙都ちゃんを招待した。
東京で職も住まいも決めたと彼女に告げたら、目をまん丸くして飛んで来た。
「うん。でも、沙都ちゃんの職場が激務なことは知っているし。私はこうして、会ってもらえるだけで嬉しいからさ」
折り畳み式の小さなテーブルを挟んで、向かい合って座る。
そのテーブルには沙都ちゃんが買って来てくれたデパ地下のお洒落なお惣菜とビールが並んでいた。
「これからは、困ったことがあったら何でも頼ってくださいね!」
沙都ちゃんが身を乗り出す。
「うん。東京のことなんて何も知らないから、よろしくお願いします」
改まって頭を下げると、今度は彼女が慌てだす。
「そんな、やめてくださいっ!」
そんな彼女を、改めて見つめる。
沙都ちゃんの醸し出す雰囲気が、少し柔らかくなって自然になったような気がする。
それは、眞の愛情を信じることができるようになったからなのかな――。
「それよりさ、眞との遠距離恋愛はどうなの?」
過去のことより未来のこと。暗い話より、明るい話。
私は、すぐに話題を変えた。