ニセモノの白い椿【完結】


「俺さ、今はもう完全に実家を出てここで暮らしてるんだ。それに、ほら、生田さんの今のアパート、ここから遠いだろ? だから――」

「でも! 引っ越したばかりだし、一緒に暮らすっていうのはちょっと……っ!」

咄嗟に否定の言葉を吐いていた。
その瞬間の、木村の目に落胆が滲んだのを見逃さなかった。

「あ、あの、だから――」

どんな言葉を付け足すことで取り繕うというのだろう。
上手い言葉なんて出て来るはずない。咄嗟の私の感情が、私の偽りない感情なのだから。
そのくせ、申し訳ないなんて傲慢な感情までもが湧き上る。

「ご、ごめん……」

「……いや、俺の方こそごめん」

私を胸に抱きながら、優しく囁く。その声があまりに優しくて胸がちくりと痛む。

「さっき、余裕なくてゴメンって謝ったばかりなのにな。俺一人、焦り過ぎだよな」

「ううん。私の方こそゴメン。まだ、私たち始まったばかりだし。なんて言うか、もう少しこのままでいた方がいいかなって。それに、職場の人に気付かれても、困るし……」

私、何言ってるんだろう。どれも全部取ってつけたような理由ばかり。

でも、今は一緒には暮らせない。そこまで、踏み込めない――。

そう思っている自分が、確かにいる。

「……うん。分かったよ」

その声は、優しくて、寂し気だった。
その証拠に、私を抱きしめる木村の腕の力が強くて、身体が軋むほどに痛かった。

「――好きだよ」

「私も」

私も、好き。その気持ちにに少しの偽りもない。好きで、たまらない。
なのに――。ううん。だから、だ。

怖い――。

考えれば考えるほどに、怖いのだ。だから、思考を停止している。

「私も、好きだよ」

背中に回した手で、木村を強く抱きしめ返す。
その気持ちだけは伝わってほしくて、きつく身体を密着させる。

「生田さん……」

掠れた声が鼓膜を震わせる。どちらからともなく唇を寄せ、深く絡ませた。

< 229 / 328 >

この作品をシェア

pagetop