ニセモノの白い椿【完結】
「今日は、帰ろうと思ってる」
「え……」
無防備に現れた、木村の表情。
どうして私は、この人にこんな顔ばかりさせてるんだろう。
「明日は、自分の部屋のことしないとまずくて。ニューヨークから戻った荷物とかまだそのままだし、部屋のなかとっちらかってて。ホント、やばいくらい。月曜になってしまったら、また一週間始まっちゃうし、だから明日しかなくて……っ」
取り繕おうとすればするほど早口になる。
「……そうだよな。金曜の夜、職場からそのまま来てくれたんだし、あなたの時間全部奪うわけにもいかないよな。じゃあ、生田さんのアパートまで送ってく」
でも、木村はすぐに笑顔になった。
「でも、遠いし、車でなんて帰りが大変になる。電車で帰れるから――」
「それくらいする。車で送るくらいさせて」
木村が繋いだ手を更に強く握り締めて来た。
笑顔ではあるんだけれど、強い意思の込められた目が私を見る。
「少しでも、生田さんといたいから。明日は休みなんだ。あなたを送り届けて帰って来るくらいなんてことない。夜のドライブだと思えば、楽しいだろ?」
どうして、こんなにも上手く甘えられないんだろう。
私の方が年上だから?
それとも、素の私のままで甘えることを覚えてしまいたくないから――?
結局、車で私の郊外にあるアパートまで送ってもらって。
余計に迷惑をかけていることに、気が重くなる。
それなのに、隣にいる木村は楽しげにいろんな話をしてくれて。
木村の笑顔を見るたびに、胸の奥の方が細い針で刺されるみたいに刺激される。
高速を走り、東京23区とのちょうど境にある私の住む街に車は到着した。
「――送ってくれて、本当にありがとう」
「ううん。楽しかったし、いいよ」
ハンドルに手を置いたまま、木村が私を見た。
「もし良かったら、うち、寄ってく?」
ここまで来てそのまま帰すというのもなんだか申し訳ない気がして、そう声を掛けた。
「あ……。いや、今日はいい。また、今度」
「そ、そっか。分かった」
どうしても、ぎこちなくなる会話。
友人だった頃って、どんな風に話をしていたっけ。
何が自然な振る舞いなのか、分からなくなる。
「じゃ、じゃあお休み。気を付けて帰ってね――」
そう笑顔を向けた瞬間に、目の前の視界が暗くなった。
「ん――」
素早く頭を引き寄せられたかと思うと、唇を塞がれていた。