ニセモノの白い椿【完結】
「不快な気分になっただろ? ましてや相手は支店長だ。嫌な顔も出来ない」
また、いつものように完璧な笑顔を作ってかわしたのだろうか。
「そりゃあ、不快には決まってるけど。まあ、仕方ないよ」
「俺にとっては、全然仕方なくなんかないんだけど」
「……え?」
笑う彼女が、驚いたように俺を見つめた。
「あなたのこと、そんな汚い目で見られたくない」
「ちょ、ちょっと。ここ、職場!」
焦ったように生田さんが小声で抗議する。
「――今すぐ、あなたに張り付いた視線、上書きしたい」
分かってる、バカだってこと。
でも、身体が勝手に動くのだから仕方ない。
財布を片手に持った生田さんの腕を掴み、自動販売機の陰に引っ張り込む。
「な、何やって――」
「静かにして。人来たらバレちゃうよ」
俺の言葉に、生田さんが大人しくなる。
片方の手が不自由な生田さんの身体を抱きしめる。
俺、職場で何してんだ。
頭の片隅ではそう訴える自分がいるのに、聞く耳を持たない。
身じろぎ一つせずじっとしている生田さんの身体をきつく抱きしめる。
ほのかに立ち上る生田さんの香が、俺の思考を狂わせそうになるけれど、理性という理性を掻き集めて言葉を掛けた。
「男はみんな、変態だ。そう思ってちゃんと警戒して」
「……じゃあ、木村さんも変態じゃない」
もごもごと生田さんの声が聞こえて来る。
「言わなかった? 俺も変態だって。でも、あなたに変態でいいのは俺だけだから」
「バカなこと言ってないで、そろそろ解放してくれますか?」
俺と違って、大人な生田さんは、冷静にそんなことを言う。
「――すみません」
これ以上無理強いして嫌われても困る。
ここは素直に従うことにした。
「じゃあ、私、帰るね。仕事、頑張って」
身体を離すと小さく生田さんが囁き、
綺麗な目が少し細められる。それは彼女がそっと俺にくれた笑顔だった。
「気をつけて帰って」
離れていった背中は、そのままラウンジを出て行った。
あれ――。結局、飲み物買ったのかな。
彼女のいなくなった部屋で、今頃そんなことを思う。
いなくなっても、鮮明に思い出せる。
たった今抱きしめて触れた感触も、発した声も、俺に向けた表情も……。
はあーー。
結局、またも盛大に溜息をつく。
そうだ。俺は、どうしようもなく、彼女に惚れている。