ニセモノの白い椿【完結】
人にはそれぞれに住む世界があって。
それを間違えてはいけない。
勝手に飛び越えたりしては、いけなかったのだ。
その時傷付くのは、間違いなく弱い方の人間。
俺はそのことを肝に銘じた。
それからは彼女と出会うまでの生活に戻った。
その日を無意味に消費するためだけに騒ぐ。
その中でも、相手にする女には気を使った。
俺のバックグラウンドや大学のネームバリューに惹かれて群がるような、軽い女。
その日を楽しめればいいと思っている、将来結婚する相手が決まっている女。
それでも、女と一対一で関わることにどこか拒否反応を起こす自分がいて。
仲間内で騒ぐことはあっても、女と関係を持つことはしなくなった。
あの日のことが頭を過るからだ。
誰かを、不用意に傷付けることはもう二度としたくない。
俺の心に深く突き刺さったままの過去だった。
でも、銀行に入ってからすぐ彼女の家のことを調べた。
あの後数年して別の場所で新しく工場を始めることが出来ていたこと、彼女が結婚して幸せそうに暮らしていたこと、それを知れたのがせめてもの救いだった。
親に決められた相手と素直に結婚する。
だから、それ以外の女とは関わらない。
それが、一番確実に間違いなく、不用意に弱い立場の人間を傷付けずに済む。そう思ってやって来た――。
「――いつだったか、おまえの様子がおかしかった時があったな。今考えてみれば、おまえが徹底して女と深く関わらないようになったのは、はあの頃からだったか」
創介がぽつりと呟く。
なんだよ。人のことなんて興味ないと思っていたのに。意外に見てるんだな。
何も気付かれていないと思っていた。
「どうぞ」
マスターが出してくれたパスタにフォークを絡ませる。
「生田さんと向き合って行くことにしたんだろ? おまえから話を聞いて、雪野も自分のことのように喜んでいた。今回は、雪野の行動力に驚かされたよ」
創介が、ウイスキーのグラスの氷を揺らしながら笑う。
「俺も。まさか雪野ちゃんが、ってね。でも、本当に雪野ちゃんのおかげ。いつまでも見えない呪縛にとらわれて、大事なものを失うところだった」
「おまえの、ある意味鉄壁だった心を動かした人……か。それは、確かに大事な人だろうな」
創介が俺に視線を向ける。
「ああ。大事過ぎて、訳が分からなくなってる」
「なんだよ、それ」
珍しく創介が声を上げて笑う。