ニセモノの白い椿【完結】

「名前で、呼んでみようか」

「陽太……だっけ」

「そう」

それから一向に彼女の声が聞こえてこない。

「ちょっと? 言ってよ」

「うん……。陽太……さん」

「”さん”はいらないよね」

「よ、うた……」

今にも消えそうな声が腕の中から聞こえて来た。でも、すぐに彼女の叫びが耳に届く。

「無理無理無理! 口のあたりがむず痒くなる」

実際に口にしてみて、照れてる――。

頑なに顔を俺の胸に埋めている。

「それなら、ようたんでも、ようくんでも、ようリンでも、お好きなように」

ふざけてそう言ったら、「バカっ!」と俺の胸を叩いて来た。
「はいはい、少しふざけてみました」と笑ったら、大人しくなった彼女がぽつりと呟いた。

「……もう少し、時間をちょうだい」

「分かったよ。かなり不本意だけど、待ってます」

俺が大袈裟に落ち込んだように溜息を吐いた。
そうしたら、彼女が勢いよく俺を見上げて来た。

「ごめん。ちゃんと努力するから落ち込まないでよ。名前で呼ぶのは難しいけど、好きな気持ちに嘘はないし。むしろ、好き過ぎて、照れて言えない」

上目遣いでそんなこと言われたら、男としてはなんでも許してしまうではないか。

それにしても――。

「今日のあなた、いつもと全然違う。どうしたの? この前と別人みたいで……」

俺の方が照れてしまって、仕方がない。
彼女がこんなにも素直になるのに慣れていないのだ。

< 269 / 328 >

この作品をシェア

pagetop