ニセモノの白い椿【完結】
――なんて、大人な気分でいたけれど。
彼女のことになると些細なことであっという間に心かき乱されてしまうらしい。
土曜の夜も、調子に乗った俺は彼女を腕から離さず、気付けば空が明るくなっていた。
少し遅い朝、シャワーを浴びて来ると言って二人でまどろんでいた布団から椿が這い出た。
素肌の背中に上着を羽織る姿をじっと見つめる。
肩甲骨が動くさまが色っぽい。
もう、椿の何を見ても、全部が全部色っぽいのだけれど。
一人残された布団の上で、天井を仰ぎ見た。
金曜の夜からここに来て、俺は完全に浮かれていた。
幸せのシャワーを浴び続けて心がふやけて。
四六時中椿の顔を見られて、触れたい時に触れられるというこの状況に、そうなるなと言う方が無理だ。
勝手に鼻歌は紡がれるし、心は軽いし。
季節は一つ戻って、春。まさにこの世の春だ。
椿のいなくなった布団が急に広く感じられて、俺も起きることにした。
布団の横に散らばっていた服を身に着け、部屋のカーテンと窓を開ける。
この日も晴天だ。
眩しく青い空を見ては、深呼吸をする。
意味もなく青空に”ありがとう”と心の中で呟き、部屋に戻る。寝ていた布団を片付けておくことにした。その時、勢い余って部屋に置かれていたカラーボックスに布団がぶつかってしまった。
その反動で、プラスチックの収納ケースが畳の上に落ちる。
それと同時に中に入っていたものも畳の上に散らばった。
慌てて拾い集め、収納ケースにしまおうとした時――。
散らばった物の中に、一つだけ周りのものと馴染まないものがあった。
仰々しい立方体の黒い小箱。見ただけで中身が何かが分かる箱だ。
手にしたそれを凝視する。
明らかに、指輪の箱だよな――。
アクセサリーとして身に着けているものか、もしくは前の旦那からもらった婚約指輪か結婚指輪か……。
椿の指に指輪がはめられているのを見たことはない。
だから、この箱を開ければ、どの類の指輪が入っているのかすぐに分かる。
もし後者だったら、俺はどう思う――?
別れた夫との、ある意味一番意味深い思い出の品。それがまだ彼女の手元にある。それが意味することは……。
これ以上詮索しようとするのを咎める自分と、どうしても確認したくなる衝動に駆られる自分とがせめぎ合う。
でも――。
「――それ、ごめん」
背後から突如耳に届いた椿の声にハッとする。
引きつった表情のまま、振り向いてしまった。