ニセモノの白い椿【完結】
「それ、処分しようと思ってたんだけど、いろいろあってすっかり忘れてて」
椿が勢いよく駆け寄って来る。
濡れた髪をタオルで乾かしている途中だったのか、濡れた髪から流れ落ちる雫をタオルに沁みさせていた。
――処分しようと思っていた。
ということは、やはり、元旦那からもらった指輪なのだ。
「ただ忘れてただけ。本当に意味なんて何もない。むしろ、意味がないから忘れててそんなところに置きっぱなしで。金に困ったら質屋にでも入れようかなってそう思ってた。だから――」
俺の隣に同じようにしゃがみ込んだ椿が必死で捲し立てる。その必死さに、胸の奥が締め付けられて、思わず背中から抱きしめていた。
「勘違い、しないで……」
きつく腕を回した後に聞こえた声は、不安の滲んだ声だった。
「うん。分かってる。分かってるから、そんな顔するな」
濡れた髪に鼻を埋める。洗いたてのシャンプーの匂いが鼻腔を刺激して。またも胸が疼いて、より腕に力を込める。
後ろから垣間見える椿の横顔が、酷く動揺したもので。
椿にそんな顔をさせたいわけじゃない。だから安心させたくて優しく囁いた。
「大丈夫。なんとも思ってないよ。勘違いもしてない」
そうだ。これが婚約指輪だったとしても結婚指輪だとしても、だからなんだというのだ。
ここにいる椿を見ていれば、俺への気持ちは十分伝っている。一瞬でも動揺した自分が恥ずかしい。
「ごめん。不快な気持ちにさせたね」
椿の手が、抱きしめている俺の腕に添えられる。
「もう、謝るなよ。本当に気にしてないから」
「でも――」
手のひらで椿の顎を掴み後ろへと向けさせ、まだ何かを言おうとするその唇を塞ぐ。
薄く開いた唇をこじ開けて、深く絡ませた。
本当は、今すぐにでも俺のものにしてしまいたい。
指輪を贈り、その指にはめさせて、椿は俺のものだという印をつけたい。
その前に、俺にはすべきことがある。
唇を離し、肩を引き寄せきつく抱きしめた。
「分からずやな唇は塞ぐよ?」
「もう、塞いだじゃない」
「……ごめん、そうだった」
抱き締めながら二人で笑った。
椿の背中に手のひらを当て優しくぽんぽんと触れながら、肩越しに部屋を見回す。
必要最低限のものしかない殺風景な部屋。古いアパートの部屋は、どことなく寂しい。
早く俺の手で椿を守りたい。そう改めて強く思う。