ニセモノの白い椿【完結】


水曜日、定時退勤出来る日に、俺は世田谷の実家に仕事の後に出向いていた。

「お父さん、いる?」

出迎えた母親が何かを話し始める前に、そう聞いた。
話があるから家にいてほしいと伝えてある。

「ええ。でも、お父さん、怒ってるのよ? あなた、分かってるの?」

父親には絶対服従の母親が、おろおろと俺を見上げて来る。
外で働いた経験もない、ただひたすらに家族に尽くして来た絵に描いたような専業主婦だ。

「家は出てしまうし、お見合いは勝手に断ってしまうし、一体どうしちゃったの?」

靴を脱ぎ、居間に向かう俺の後ろを付いて来ながらここぞとばかり小言を吐き続けている。
家を出てしまって、ろくに帰っても来ない、電話もしない、そんな息子にようやく話ができると、言いたいことが溢れている状態なのだろう。

「それに、この先お見合いはしないとか、結婚相手は自分で決めるとか。これまでそんなこと言ったことないでしょう? 親を困らせるのは華織一人で十分なのよ」

姉の華織は、どちらかというと勝気な性格で。ことあるごとに親に反発していた。
堅苦しい父親と、それに従順な母親。窮屈な家に常に抗っていた。
自分の好きなことをしようとするたびに親と衝突している姉貴を見ていると、そのエネルギーが無駄なものに見えた。

だからだろう。姉の姿を見て学習したのだ。無駄ないさかいを避け、要領よく立ち回る術を身に着けていた。何かを主張して争うことが、面倒だと思っていた。
ひとたび諦めてしまえば、おそろしく楽だった。

両親からすれば俺は、育てやすい子供だっただろう。

それが突然、反旗を翻したのだ。
戸惑って当然なのかもしれない。

「だから、きちんと話そうと思って今日は来たんだ」

放っておけばまだまだ続きそうな母親の言葉を遮った。

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