ニセモノの白い椿【完結】

そのまま居間の扉を開ける。

ソファに腰掛けて新聞を読む父親の姿が目に入った。
お堅い性格をそのまま表したような、きっちりの七三の髪形に、銀縁眼鏡。
口は真一文字にきつく閉じられている。

「お父さん、今日は話があって来ました」

帰宅した息子に、ちらりとも視線を動かさない。
それは、怒りの意思の表われだろう。完全無視だ。

「――ああ、潤子、聞いたか。佐々木さんの長女、つい最近離婚したそうだ」

新聞紙に視線を向けたまま、母親に声を掛けている。

一体、何の話だよ――。

溜息を吐き、仕方なく父親の正面に腰掛けた。

「え? 美月ちゃん? あんなに家中大騒ぎして大恋愛の末結婚されたのに?」

母親が、驚いた声を上げながら、父親の側へとやって来た。

佐々木美月――。ああ、確か、父親の知り合いの家の娘だ。子供の頃に何度か会ったことがある。

とりあえず、二人の会話が終わるまで待っていることにした。

「驚くことでもない。最初から分かっていたことだ。親が選んだ見合い話を断って、感情のままに結婚して。結局、こうなるんだよ」

「とても好き合っていると聞いたのに……」

母親がひとり言のように呟いた。

俺を無視しているくせに、敢えてこんな話題を持ち出したのか――?

自然と自分の表情が険しくなるのに気付く。

間接的牽制か――。

見合いというのは感情じゃない。条件、環境、お互いの利害、そういう思考と論理の産物だ。常に理屈で動く父親にとって、これほど真っ当な結婚はないのだろう。

それを反故にした俺を、遠回しに責めている。

それにしても、ここで”離婚”の話題を持ち出してくるとは。
不都合極まりない

「離婚する人間というのは、そもそも結婚も衝動と感情だけでしたんだろう。結婚はそんな簡単なものではないのにな。離婚なんて、直情的で愚かな人間がするものだ。そんな人間は、人として信用できん」

父親の言葉に俺の中の何かが切れた。
それはまるで、椿を侮辱されたような気がしたからだ。

「本当に、そうかな」

「何?」

この日初めて、父親が俺に視線を向けた。

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