ニセモノの白い椿【完結】
東京はまだ残暑が残っていても、軽井沢はもう空気がひんやりとしていた。
少し寒いくらいだ。
「大丈夫? 寒くない?」
散策している時に、隣に歩く木村が私の肩に手を置いた。
「大丈夫。羽織るもの持って来たからね」
そう答えて見上げると、そこには思いっきり優し気な目があった。
「ねぇ、どうして軽井沢だったの? それに、どうしてまた旅行しようと思ったの?」
並んで歩きながら、木村に問い掛ける。
「まあ、都会から離れて自然の中でゆっくりしたいってのと。それに、椿といろんなところに行きたいと思ってさ。基本、仕事している時以外は、椿のことしか考えてないから」
椿と呼ぶのも、もう完全に自然なものになっている。
そんなことをふと思ったりした。
「仕事は頑張ってるもんね。また、支店長から褒められたんだって?」
「ああ……。まあ、半分は俺の成果。半分は、俺が頭取の息子であることの忖度」
冷めきった声でそう木村が答えた。
「そんなことないでしょう? 木村さんは、頭取の息子じゃなくたって、十分出世できると思う。それだけの利益をあげてるじゃない」
平日、木村が毎日夜遅くまで仕事しているのを知っている。
もちろん、銀行員が激務なのは他の人も同じ。でも、木村も誰にも負けないくらい努力している。木村の傍にいるようになって、よりそれを知った。
「そりゃあね。誰かさんのためです」
「え……?」
秋の気配が漂い始めた木々の間の小道を歩ていると、突然木村が立ち止まる。
「いつでもどこでも、正々堂々といられるように。椿の隣に立てるように、俺は頑張ってるよ」
「木村さん……」
この人は、一度決めたことには迷いがない。
それだけ、私のことを真剣に考えてくれている。
だからこそ、ご両親にも私のことを話したのだろう。
伏せられた目が近付いて、私の頬に手のひらを当てながら「椿」と囁く。
すっと、冷たい風が吹き抜けて木々を揺らす音に紛れて、木村が唇を重ねた。