ニセモノの白い椿【完結】

「別に、凄くもないでしょ。頭取なのは親であって俺じゃない。それに、頭取って言ったって、所詮雇われの身。ただのサラリーマンじゃん」

それは、嫌味、か――?

さらりとそんなことを言えること自体が、上流階級の証じゃないか。

当の本人は、椅子に深く背をもたれさせ勝手にくつろぎ出している。
嫌味で言っているようにも見えない。

「それでも、頭取でしょ? 父親が大手都市銀のトップだなんて家庭、そうそうありませんよ」

「俺にしてみれば、小さい頃から桁違いに凄い家の奴を見て育ってるから、自分が凄いなんて思ったことはない」

白石情報を思い出してみる。あのセレブ学校で学んでいるのなら、上流階級のご子息に囲まれていたわけか。そう考えれば、この男の言うことも理解できる。

まあ、それでも、一般庶民の私からすれば、別世界だけれど。

「榊グループの御曹司のことですか……?」

「なに。もう、そんなことまで知ってるの?」

もたれていた背を椅子から離し、私を見て来た。

「ホント、女性って噂話が好きだよねぇ」

その口調にどことなく蔑みが滲んでいるような気がして、反論したくなる。
別に、積極的にその会話に乗ったわけでもない。ただ、聞かされただけだ。

頬杖をつきながら溜息を吐いて、木村が呟いた。

「……お噂の通り。俺の友人は大企業の創業家の生まれだからね。歴史も血筋も別格だよ。そんなのが近くにいたら、自分なんて霞むだろ」

そういうものか。上流階級には上流階級の、またその中でランクがあるのかもしれない。

「でも、まあ、世間一般から見れば俺の家もご立派だということは理解してる。銀行に入って、頭取の息子って立場の俺が注目されちゃうのもよく分かったし。だから、なるべく目立たないようにしているわけ」

いえいえ、十分目立ったままみたいですよ――。

心の中でつっこんでみる。

「ほら、この爽やかさでしょう? 俺、目立っちゃったら間違いなくモテるから。女の子に言い寄られても断ることしか出来ないし。俺のこと好きになったところで可哀想なだけでしょ。俺、女の子が泣くところ、見たくないからさ」

少々、イラっとする。そのチャラい発言に、自分の眉間に皺が寄って行くのが分かる。

「――だから、安心して。そんな俺が、ここは昔から一番落ち着ける店。何も考えずに気を抜ける場所だから。同僚なんかに絶対に教えないよ」

ふーん。そういうわけで職場ではそのチャラさを封印しているわけか。
確かに、その雰囲気に頭取の息子というおまけまで付いて来たら、嫌でも女子は寄って来てしまうだろう。

「それにしても、地下にあって分かりにくい店なのに、あなたもよく入ったよね」

そう言って笑う木村に反して、私はごくりと唾を飲み込んだ。
まさに本題は、あの日のことだ。

< 35 / 328 >

この作品をシェア

pagetop