ニセモノの白い椿【完結】

「誰だって、本当の自分をすべて曝け出して生きているわけじゃない。その場その場に応じてふさわしい自分を演じる。それが大人なわけで。でも、それにしたって、職場で再会した生田さんはあまりにも違い過ぎたから本当に驚いた。驚いたと同時に分かったんだよ」

初めて目にした、木村の真面目な表情をただ見つめる。

「あなたは普通の人以上に、自分を見せないようにしている人なんだろうって。なのに、人には見せないでいた部分を知られてしまって、その人間と同僚になってしまった。守って来た自分の姿を晒されるじゃないかと、ものすごく不安になるだろうなと」

それは確かに木村の声なのに、別人のように聞こえた。

「だから、その不安を一刻も早く取り除いてあげなければと思ったんだ」

さっき、木村が言っていたことと同じ台詞。
本当にこの人が思っていたことだったんだ。

もしかして、そのために、私を待ち伏せしていた――?

木村は目を伏せ、そして再び私に視線を合わせた。

「俺が見て知った生田さんを誰かに言ったりしないよ。それだけは、信じてくれていいから」

真っ直ぐに私に見つめるから、声までも真摯なものに聞こえる。

「俺も、職場(あそこ)では別人格を装っている身だからね」

でもその表情もすぐに緩ませ、笑っていた。

「――そっか。じゃあ、お互いさまということで、よろしくお願いします」

それはただの言葉で、口約束にしか過ぎない。何の保証もないものなのに、何故かその言葉だけは信じられるような気がした。

「おう」

職場では見せない、親しみのこもった木村の表情に私もつい笑ってしまう。

「”裏メニュー”のきのことバジルのクリームパスタです。どうぞ」

「おお、来た来た。これ、最高に美味いから」

「お褒めいただき、ありがとうございます。では、ごゆっくり」

そこに注文していたパスタが運ばれて来て、子どものようにはしゃいだ声を上げた木村にまたも笑みを零してしまう。

「ん? 何? 何、笑ってんの」

「別に、何でもない」

不思議そうに私を見る木村の表情に、またおかしくなる。

「木村さん、お腹空いてるんでしょ? 早く食べよう」

笑みを抑えながら、パスタにフォークを絡ませた。

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