ニセモノの白い椿【完結】
「……本当に、美味しい」
一口食べただけで、濃厚なチーズとクリームの絶妙なコンビネーションが広がって行く。
シンプルなのに、あとを引く。まさに、食欲をそそる味だ。
「だろ? マスターに、これだけは表のメニューに載せないでくれって頼んでるんだ」
「美味しいのに、どうして?」
「だって、この店が評判になって繁盛しても困る。俺の隠れ家じゃなくなるでしょ?」
その自分勝手な言い分に、笑ってしまった。
「セレブにも、ほっと一息つきたい時があるわけだ」
「そうなんです。俺みたいな中途半端なセレブでも、いろいろあるんです」
冗談ぽくそう言うと、木村はグラスに残っていたビールを飲み干し二杯目を注文していた。
”いろいろ”
私のようなごくごく普通の家庭に生まれた人間には分からない、面倒なことやしがらみがあるのかもしれない。
軽い発言の裏に、この人にはこの人の、苦悩や葛藤があるのだろうか。
そんなことを思って、目の前にいる笑顔の男をついじっと見てしまった。
「――生田さんもさ」
何故か私の分まで二杯目が席に届いた。何も言わずに生ビールの入ったグラスを私に差し出しながら、木村がぽつりと零した。
「いろいろあったのかもしれないけど、大きな失敗をしてしまったのかもしれないけど――」
「大きな失敗って……。木村さん、私のことどこまで分かってるの? 私、完全に酔っていて自分があなたに何を言ったのか全然記憶になくて気持ち悪いの!」
木村の言葉を遮り、訴える。
そうだ。これを確認しておかないと、どうにも落ち着かない。
「生田さんが喚いていたことは……」
思いをめぐらすように視線をどこかに向けたかと思うと、私の方に向き直った。
「えっとね、『結婚してたった一年で女を作られて、離婚を切り出された。相手の女は、巨乳だけが売りのバカっぽい女。そんな女のせいで捨てられたのが許せない! こっちだって、あんな男捨ててやるつもりだったんだよ! エロボケ銀行員!』って怒っていて。それからなんだっけ……」
――。
絶句。
私、それほどまでに聞くに耐えない暴言を吐いていたのか。