ニセモノの白い椿【完結】
それから数日経った日のことだった。
登録した派遣会社から連絡があった。
私の条件に合致する会社がちょうど募集をしていたらしく、私は一つ返事で東京へと向かった。
「生田様は、銀行の一般職の経験がおありで、ご希望の職種としては窓口の後方事務ということでしたよね?」
「はい。それが一番、自分のスキルを活かせるかと……」
東京駅からほど近いオフィスビルで、派遣会社の担当の人と向き合う。
OL時代、ずっと窓口業務をしてきた。後方事務の大体の業務内容や流れは分かっている。
担当の方から今回紹介してくれた職場の就労条件などを説明してくれた。
「ちょうど、大量採用をしている銀行さんがあったんですよ。その表参道支店なのですが、生田様の方で何か問題がなければ、これから職場見学も兼ねて顔合わせに行きましょう」
「はい。よろしくお願いします!」
説明を聞いてみても特に不安や疑問に感じることもなかった。
銀行も、誰もが知っている大手都市銀だ。
こんなに条件の良いものが今後出て来る保証もない。
勢いのまま突っ走るためにも、善は急げだ。
紹介された表参道支店に出向くと、想像以上に好意的な対応を受けた。
「何か他に、お聞きになりたいことはありますか? せっかくの機会ですから何でも疑問に思ったことはお聞きください」
「いえ、もう十分説明していただきました」
久しぶりの仕事に、否が応でも緊張する。
この二年近く、ずっと家庭の中だけで生きて来たから、きっと心も体も緩んでいる。
滅多に着ないスーツが心も体も引き締めた。
「一緒に働けることを楽しみにしていますよ」
「はい。ありがとうございます」
会議室のようなところを出ると、窓口担当ではない行員たちがフロアを行き交っていた。
やっぱり、私が勤めていた地方銀行とは全然違う――。
つい足を止め、見渡してしまう。
大手都市銀で、都会の支店で……。
男性も女性も、いかにも”仕事出来ます”風な雰囲気で、圧倒される。
もちろん旅行では東京に来たことはあった。
でも、暮らしたことはない。生まれてからこれまでずっと地元浜松から出たことはなかった。
地元の短大を出て地元の銀行に就職して、職場結婚をして。
いかに自分が狭い世界を生きていたかを知る。
三十過ぎて、これまでの生活を大きく変えるというのは、実は、ものすごくエネルギーのいることなのでは……。
今頃になってそんなことを思う。
思わず、手にしていたA4サイズの封筒を胸元で握りしめた。