ニセモノの白い椿【完結】

「忘れるなんて、いくら気心知れている弟さんだとは言え、それはあまりに可哀想ですよ。早く帰ってあげないと待ちぼうけになってしまいます。スマホ、確認した方がいいんじゃないですか?」

木村は、何食わぬ顔で大真面目に、すらすらと滑らかに喋っている。
そんな話、まったくのデタラメだ。

木村はわざとデタラメを言っている――。
その意図はよく分からないが、この話に乗ることでこの場から退散できるのは間違いない。
利用させてもらうことにした。

「そうだった。すっかり忘れていました。離れて暮らしている弟が、今日東京に出て来ることになっていて。泊める約束をしていたんです。本当に申し訳ございません。私、ここで失礼させていただきます」

「え、えっ! 本当?」

立科が慌てたように、立ち上がる私を見上げて来た。

「立科さん。今日はお誘いいただいたのに、途中で退席して本当にすみません。職場にまだ慣れない中でこういう場を設けていただいたこと、本当に感謝しています。これからも、同僚としてよろしくお願いします。ありがとうございました。お代は――」

にっこりと、私が外でよく人に見せる感じのいい笑顔を向けた。

「そう言えば、俺もこの後用事があったんだった。 ちょうど食事も終わったし、失礼するよ。お代は、これで二人分足りるよな? 釣りは、いらないよ!」

木村が、何故かドヤ顔をして一万円札をテーブルに置いた。

「お、おいっ! ちょっと、待てって――」

「生田さん、途中まで一緒ご一緒しましょう。では、行きましょうか」

突然の展開に付いて行けていない立科さんの声を、あっさり木村は遮った。

「えっ? は、はい」

何? 木村まで――?

私だって、全然、付いて行けていない。
思わず、怪訝な表情を向けてしまう。
そんな私に構わず、木村は席を立つ。

「木村さんっ!」

悲鳴にも似た声がもう一人から飛んでくる。
木村も木村で満面の笑みを白石さんに向けていた。

「白石さん、ゆっくりお話できて楽しかったですよ」

「え? え?」

白石さんも、目を瞬かせるばかりで、言葉になっていない。

「ああ、そうだ――」

取り残された状態の二人に、木村がもう一度振り向いた。

< 51 / 328 >

この作品をシェア

pagetop