ニセモノの白い椿【完結】
「忘れるなんて、いくら気心知れている弟さんだとは言え、それはあまりに可哀想ですよ。早く帰ってあげないと待ちぼうけになってしまいます。スマホ、確認した方がいいんじゃないですか?」
木村は、何食わぬ顔で大真面目に、すらすらと滑らかに喋っている。
そんな話、まったくのデタラメだ。
木村はわざとデタラメを言っている――。
その意図はよく分からないが、この話に乗ることでこの場から退散できるのは間違いない。
利用させてもらうことにした。
「そうだった。すっかり忘れていました。離れて暮らしている弟が、今日東京に出て来ることになっていて。泊める約束をしていたんです。本当に申し訳ございません。私、ここで失礼させていただきます」
「え、えっ! 本当?」
立科が慌てたように、立ち上がる私を見上げて来た。
「立科さん。今日はお誘いいただいたのに、途中で退席して本当にすみません。職場にまだ慣れない中でこういう場を設けていただいたこと、本当に感謝しています。これからも、同僚としてよろしくお願いします。ありがとうございました。お代は――」
にっこりと、私が外でよく人に見せる感じのいい笑顔を向けた。
「そう言えば、俺もこの後用事があったんだった。 ちょうど食事も終わったし、失礼するよ。お代は、これで二人分足りるよな? 釣りは、いらないよ!」
木村が、何故かドヤ顔をして一万円札をテーブルに置いた。
「お、おいっ! ちょっと、待てって――」
「生田さん、途中まで一緒ご一緒しましょう。では、行きましょうか」
突然の展開に付いて行けていない立科さんの声を、あっさり木村は遮った。
「えっ? は、はい」
何? 木村まで――?
私だって、全然、付いて行けていない。
思わず、怪訝な表情を向けてしまう。
そんな私に構わず、木村は席を立つ。
「木村さんっ!」
悲鳴にも似た声がもう一人から飛んでくる。
木村も木村で満面の笑みを白石さんに向けていた。
「白石さん、ゆっくりお話できて楽しかったですよ」
「え? え?」
白石さんも、目を瞬かせるばかりで、言葉になっていない。
「ああ、そうだ――」
取り残された状態の二人に、木村がもう一度振り向いた。