ニセモノの白い椿【完結】


「――今日は、飲んだなーっ」

バーを出たのが、22時半を回ったところだった。
ほろ酔いよりは少し酔いが進んでいて、泥酔とまではいかない。そんな程度だろうか。
あははと笑って、バッグを縦横に振り回す。

かなり、気持ちがいい。
確実に春の次の季節へと向かおうとしていることを、夜風が教えてくれる。

「やっぱり、こっちの方が楽しかったでしょう?」

すっかり首元のネクタイは緩められていて、オフの木村そのものだ。

「うん。楽しかった。あのバーのおかげだわ」

「そこは、俺のおかげだと言ってほしいところだ」

そう言って私を見下ろす木村に、一言、言ってやった。

「恋愛する気はないなんて言ってないで。私みたいな恋愛対象外に構わず、他にやるべきことがあるでしょう? 時間は無限じゃないのだよ。もっと、大切に使わないと!」

少しは年上らしいことを言っておかないと。いつもいつも、年下の木村に面倒を見てもらっているかっこうになっている。

「――分かってるよ。時間が無限じゃないことくらい。嫌って程分かってるよ」

「……え?」

冗談で返されるかと思ったら、目の前にあったのは思いもしない真剣な表情だった。
眼鏡越しにあるいつもはつかみどころのない笑みを浮かべた目が、今はどこか苦し気に歪められている。

「どうした……?」

「あなたも、”バツイチ三十路”だと言っていれば大丈夫だなんて油断していない方がいいよ。立科って男は、結構しつこいからね」

「なんで、立科さんの話になる?」

「友人兼弟からの忠告だよ。ほら、もう帰るよ」

ふらつく私の腕を捕まえて連れて行く。結局、最後は木村の世話になっている。

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