ニセモノの白い椿【完結】
「生田さん、行きましょうか」
「は、はいっ」
担当の人に声を掛けられて、慌てて視線を戻した時、よそ見をしていたからそこに人が通りかかっているのに気付かなかった。
「あっ……」
誰かの肩に当たり、手にしていた封筒を床に落としてしまう。
「す、すみません」
咄嗟に謝り、腰をかかがめて封筒を拾おうとした。
「いえ。こちらこそ、すみません」
頭上から若い男性の声が降って来て、物凄くモノの良さそうな腕時計をした手が私の視界に入って来る。まさに私が拾おうとしたその時に、その手のひらが封筒を掴んでいた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
腰を上げてその封筒を受け取る際に、その人の顔を見た。
無造作なようできちんとした髪形が、都会の男って感じで。
黒縁の眼鏡が、また嫌味なほどにお洒落だ。
着ているスーツも本人の体形にフィットして、間違いなく量販店で買ったようなものじゃない。
銀行員らしくネイビーのスーツだけれど、ネクタイがこの男性の雰囲気に合った品の良い水色と白のストライプ。
私も身長は高い方だけれど、そんな私を少し見下ろすくらいの上背。
「では」
にこりと私に微笑みかけると立ち去って行った。
私も、つい条件反射で作り慣れた笑みを返した。
何年もの間の習慣はそうそう簡単には治らないらしい。