ニセモノの白い椿【完結】


気付けば、心から笑っていた。

木村が繰り出す、過去のどうでもいい話。

それが、とても楽だった。


空の色が少し翳って来た頃、帰途に就く車の中にいた。
心地よい疲労が身体を包む。

「――生田さん、寝てもいいからね」

あまりに心地よくて、ついうつらうつらとしてしまうのに気付かれてしまっただろうか。

「生田さん、助手席に乗ったら、起きているのが礼儀だと思っているタイプでしょ」

まあ、そうだ。元夫の車に乗っていた時、一度たりとて横で眠ったことなどない。

「俺には、気を使わなくていいから。むしろ、俺の運転に全幅の信頼を置いてくれているみたいで嬉しいし」

その横顔は、朝から笑顔のままだ。

その横顔を見つめると、思わずふっと息を吐いていた。

「じゃあ、お言葉に甘えて、眠くなったら寝ちゃいます」

「どうぞどうぞ」

心地いいシートが私の身体を包み込むみたいで、言われたそばから、私は意識が遠のいて行った。



「――起きて」

ん――。

「生田さん――」

ん……。

遠のいていた意識が引き戻される。
重たい瞼をゆっくりと開けると、いつもにはない距離に木村の顔があった。

「あ、れ……」

私、寝ていたのか――。

何度か瞬きをしてから木村の顔を見上げる。その時、私の肩のあたりからさっと手を離し、自分の方へと戻すのが視界に入る。

触れられた感覚はまったくないから、その手は私に触れることなく戻って行ったということだ。

「もう、着いたよ」

「私、結局マンションに着くまで寝てたんだね。久しぶりに熟睡したかも」

「確かに、よく眠っていたよ」

木村は、すぐさま身体を助手席に預けた。
身近にあった身体の気配は、感じる前に離れて行った。


< 87 / 328 >

この作品をシェア

pagetop