ニセモノの白い椿【完結】
「やめて? やめないよ。だって、この腕を離したら、またどこかに行ってしまうよね」
鼓膜を這いつくばるような声が、肌を泡立たせる。
腕を掴む男の力がどんどんと増して行く。このままではへし折られるのではないかというほどの、骨が軋む痛みに、目尻に生暖かいものが浮かび始める。
「もっとちゃんと君を見たいんだ。もっともっと見たい――」
「やめてっ!」
掴まれていた腕が、不意に強く引き寄せられた。それと同時に身体が浮く。
でも、それがすぐに、何か力強いものに引き離される。
「何をしてるんだ!」
その時、聞いたこともない、でも、間違いなく私がよく知っている声が耳に飛び込んで来た。
こちらへと恐ろしいほどの形相で向かって来るのは、木村だった。
「離せ! 今すぐその手を離せ!」
木村に気付いた男は、一瞬私を掴んでいた手の力を緩める。
その隙に、目一杯力を込めて男を突き飛ばした。
木村が素早く私を背中に隠すと、男の腕を捻り上げていた。
「ふざけやがって。警察に突き出してやる」
「は、はなせ……っ」
私をつけていた男は、顔をくしゃくしゃにして甲高い声をあげる。
「この人に、指一本触れるな――」
その時――。
木村の背中で守られていた私に、どちらのものか分からない呻き声が届く。
え――?
その瞬間、木村の背中がほんのわずか丸まる。
「き、木村さん……?」
木村の手から赤い雫が零れ落ちていた。