ニセモノの白い椿【完結】

「なんで、一人で来たりした!」

背中に当てられた手のひらが、きつくきつく私を抱き寄せる。
スーツ越しに感じる木村の鼓動は、信じられないほどに早かった。

「……ご、ごめ」

「ここに来るまで……、ここに来てあなたを見た時、俺がどれだけ――」

木村は何か言葉を飲み込み、その代わりに腕の力を増した。

「ごめん。迷惑、かけて……。心配かけて、ごめん」

でも、すぐにその温もりは離れて行った。

「――とりあえず、あなたに怪我がなくてよかった。警察に届けないと。今度はつけられていただけじゃない、接触されたんだ。警察も動かざるを得ない」

何かを振り切るように木村が私に背を向けた。

「木村さんの怪我は? 早く病院に行かないと――」

「手の怪我は大したことない。少し切り付けられただけだから」

「でも――」

「大丈夫だから」

私の声を押さえつけるようにそう言うと、木村はすぐにスマホを手にして電話をした。
それは、おそらく110番で、てきぱきと事の次第を説明していた。

「僕を切りつけた時に返り血を受けていたので、急げばそれが証拠になると思います」

それからすぐに警察が来て、現場での状況と様子を聞かれた。
その間、木村の手は応急処置としてハンカチを巻き付けただけだ。
その手が気になって仕方がなくて。つい十数分前に感じていた恐怖以上に、そのことばかり心配になる。



そうして、マンションにたどり着いた頃には、夜9時近くになっていた。

「木村さん、ちゃんと手当させて」

「気にしないで。本当に、大したことない――」

「お願いだから、私の言うことを聞いて」

帰って来るまで、何も言葉を交わしていなかったことに気付く。
強い眼差しで木村を見上げると、諦めたように弱々しく笑っていた。

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