ニセモノの白い椿【完結】
「……怖かったですよね」
引き寄せられたせいで身体が近付く。包帯で巻かれた手のひらが私を強く引き留めるから、離れられない。私はずっと、頑なに俯いたままでいた。
今の顔は、見られたくない。この鼓動も絶対に聞かれたくない――。
「ごめん。もっと早く行ってあげられなくて。怖い思いをさせて」
静かな声なのに、その声には感情を押し止めたようなものが滲んでいた。
私と木村の間を漂うには似合わない、この張り詰めた空気をより緊張感で満ちたものにする。
ただただ頭を横に振る。声を出せない。声を出してしまえば、きっと何かが、何もかもが溢れ出すに決まってる。
見知らぬ男に掴まれた腕の感触も、木村にもしものことがあったらと思った時の恐怖も、そんな私を包み込んだ温もりも、何もかもが決壊しそうだったから、私は木村の前で固まることしか出来なかった。
「……もう大丈夫。大丈夫だ」
労わるような声とともに、私の手を握りしめている方とは反対の手が、遠慮がちに私の肩に触れる。
触れられた先から緊張が身体を突き抜けるのに、それと同時に必死に堰き止めているものが零れ落ちようとして来る。
「無理しないでいいよ。あなたは今日、恐ろしい思いをしたんだ。耐えないでいい。全部、吐き出していい」
「ご、ごめ……」
結局零れ落ちて来た雫がスカートに染みを作った時には、ソファに座っていたはずの木村がぎこちなく私の肩を抱いていた。