きみに ひとめぼれ
あの日は、本当にいつもと何も変わらない日だった。
いつもの練習、いつものチームプレー。
そして、いつものポジション。
あいつの足元にボールが落ちると、あいつはいったん足でボールを止めて何かを考えていた。
ボールを回す相手を探していたのかもしれないし、自分の周りのヤツがどんな動きをしてくるのか見定めていたのかもしれない。
いつも通り。
意地の悪い顔をして、いろんな技を仕掛けてくるんだ。
その動きに、誰もついていけない。
楽しそうにプレーするあいつの顔を、僕は知っている。
だけど、あの時のあいつの顔は、僕の知らないあいつの顔だった。
あいつの目つきも、表情も、何もかも。
真剣で、なんだかあいつじゃないみたいだった。
足元に押さえ込んだボールをゆっくり転がし始めたあいつは、ただ一点を見つめていた。
その動きは、ほんとに不意に始まった。
力のこもったドリブル。
グラウンドを駆け抜けるスピードの速さに、誰も反応できなかった。
唯一広瀬だけが、いつものように手を挙げてパスを待っていた。
そこでみんながようやく動き始めて、広瀬を一気にマークし始める。
だけど、あいつはそれに見向きもせず、ただひたすらゴールに向かってボールを運んだ。
そして、ゴールネットよりはるか遠くから、あいつはボールを蹴り上げた。
もちろん、ゴールネットに向かって。
それは、いつもの緩やかで無気力なあいつのパスからは想像がつかないほど、力強いものだった。
ゴールネットに打ち込まれた時の音は、アニメでしか聞いたことがないほどの爽快なものだった。
どこぞのプロサッカー選手のようだった。
ボールがなんの迷いもなくゴールネットに吸い込まれていくのを、僕はぼんやりと見届けた。
本当に見事なシュートだった。
誰もが感嘆の声を上げたというより、ため息を漏らした。
そしてしばらく動けないでいた。
何が起こったのか、よくわからなかったんだ。
__あの勝見が、シュートを打つなんて。
しかも、あんなシュート。
勝見のくせに。
たぶん、みんなそう思ったんだ。
止まっていた時間が動き始めたかのように、みんなは戸惑いながらも、「ナイッシュー」とお決まりの掛け声をあいつに送る。
あいつがそんな風に声をかけられるのは、たぶん初めてだったと思う。
だけどあいつは、そんな掛け声にも反応しなかった。
広瀬に何か小言を言われているけど、それに対する反応も薄かった。
むしろ、聞いていないようだった。
ネットにボールが収まったのを確認したあいつは、すぐに校舎のいくつも並ぶ窓のひとつに視線を走らせていた。
そしてそこに何かを見つけると、あいつはゆっくりと表情を緩ませた。
今まで見たことのないあいつの柔らかな表情に、僕はその場で動けなくなった。
あいつの、満足げで、誇らしげで、目尻がふにゃりと下がったその顔に。
そしてあいつはゆっくりと両腕を上げて、校舎に向かってふわりふわりと、その腕を緩やかに動かした。
その表情は西日が当たってキラキラと輝いて見えた。
僕はその視線の先を追った。
その視線の先にいたのは、坂井さんだった。
坂井さんもまた、満足げに目尻を下げていた。
その時、僕は気づいたんだ。
あいつが、坂井さんに恋をしていることを。
そして、あいつと坂井さんの間に、すでに何かが生まれていることを。