きみに ひとめぼれ
練習が終わって部室に戻る途中、あいつがまだテニス部が見えるフェンスのところに立っているのを見つけた。
ごみ箱を携えて。
「おい、あいつ重症じゃん」
広瀬が僕の隣でぽつりと言った。
早々に着替えて帰ろうとしている。
「本当にフラれたのか?」
「さあ」
「俺、言っちゃいけないこと言った?」
「さあ」
「何とかしてやれよ、園田」
「何とかって……」
__僕には、できない。だって……
「慰めるとか、背中押してやるとか。男の友情だろ、青春は」
広瀬の暑苦しさが煩わしかった。
「だったら広瀬が何とかしてやればいいだろ?」
「嫌だよ、俺は。
あいつにあれ以上かっこいいとこ出されたら、俺の出る幕なくなるじゃん。
とっとと彼女でも作ってもらわないと」
広瀬の答えに僕が返事もしないで俯いていると、広瀬がおかしそうに言った。
「なに? おまえ、嫉妬?」
「は? な、何言ってんだよ」
広瀬の言葉に僕は慌てふためいた。
「あいつに好きな人ができて、友達とられたとか思ってんじゃないの?
おまえら仲いいもんな、いつも一緒にいるし」
広瀬の言葉の意味が、僕が想像していたものとだいぶ違っていて、内心ほっとした。
「そんなわけないじゃん」
体から力が抜けて、否定する声からも気が抜けていた。
「いいじゃん、応援してやれよ、友達なんだから。
彼女ができたって、男の友情が壊れることはないだろ?」
__友達なんだから。
友達だから、応援してやれないんだ。
いや、正確には、応援したくないんだ
「でもまあ、あいつに彼女って……ないよな。勝見のくせに。
俺にだって彼女いないんだから」
広瀬はにやにやと笑って楽しそうに悪口をたたく。
だけど急に真剣な顔を作った。
「でもさ、あいつ、変わったよな。
急にシュート打ったり、体育祭のリレーで全力疾走したり。
おまえ、見てた?」
__見てたよ。間近でね。
だけど、僕は返事をしなかった。
「俺、マジで惚れそうだった」
僕は何も言い返せなかった。
僕も同じことを思ったからだ。
あいつの真剣な顔や眼差しは、息をのむものがあった。
「勝見ってあんなヤツだっけ?
俺の知ってる勝見はもっと存在感薄いというか、地味というか……
……空気みたいな?」
「空気……」
僕は広瀬の言葉をなんとなく繰り返してみた。
「やっぱあいつ、変わったよ。
……好きな人が、できたからかなあ」
広瀬は僕に何かをうかがうように顔を覗き込んで聞いてくる。
でも僕は目を合わせず、知らん顔を決め込んだ。
広瀬はあきらめてくるりと方向を変えた。
「あいつが来ないと部活も楽しくねえし、早くなんとかしろよな。
あいつからボール飛んでこないと、なんか調子狂う」
広瀬は一瞬寂しげな笑顔を浮かべた。
だけどすぐににっと笑って「じゃあ、頼んだぞ」とだけ言って帰っていった。
__そんなこと頼まれても……。
僕は再び寂しげな背中に視線を送った。
あそこから見事に一歩も動いていない。
僕は息をひとつついて、ゆっくりとその背中に近づいた。