溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
* * *

 小さな頃からかけっこが得意だった。誰よりも前を走って、ゴールを目指す。そのことだけを考えて生きてきた。

 中学三年のとき百メートルの短距離走で全国優勝をしたわたしは、スポーツ特待生として有名私立大学付属高校へと進学した。

 毎日練習に明け暮れて、もっと速くもっと速くとただゴールを目指して走る生活をしていた。毎日が本当に楽しくて仕方がなかった。

 ――けれど。

 人生で躓(つまづ)くことは、人間誰にでもあること。

 しかし当時一六歳のわたしにとって、それは今まで自分が歩いてきた人生そのものを失ってしまったと思えるほどの事故だった。

 部活を終えて帰宅のためにバスを待っていたわたしに、子供を避けようとした車が突っ込んできたのだ。走馬燈が見えるなんていうけれど、わたしは白い車が目の前に迫ってくるのが見えたとたん、記憶がブラックアウトした。

 気がつけば病院のベッドの上だった。目を覚ましたわたしに、両親が心配そうに声をかけてきた。それに応えようと体を動かすと驚くほどの激痛が走った。

『痛いっ』

『瑠璃、動いちゃだめよ。あなた事故に巻き込まれてしまったの』

 そこでようやくこの体の痛みを理解した。

 ――よかった生きてる。

 そう思ったのもつかの間。左足がまったく動かせないことに気がついた。頭を起こして見てみると、太腿から足先にかけてぐるぐるとギプスが巻かれていたのだ。

『これ……、お母さんこれって?』

 パニックになったわたしは母を問い詰めた。頭によぎった最悪の事態を否定してほしかったのだ。

 わたしが問いかけた瞬間、母の顔がゆがんだ。いつも気丈な母が、こんなに苦しそうな顔をするのをわたしは見たことがない。

『ねえ、わたしまた走れるんだよね? ねぇ、これってちょっとお医者様が大袈裟にしてるだけでしょ?』

 泣きそうになるのを必死に我慢して、笑顔を浮かべ母に問いかける。

 けれど母は余計につらそうな顔をして、わたしの頭を優しく撫でた。
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