溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 仕事を終えた帰り道。スマートフォンを操作する。和也くんから二件ほど着信があり《今日帰ったらきちんと話す》と言う短いメッセージが一件あった。

 もしわたしが話し合いを拒否したら、このまま終わってしまうのではないかとさえ思う。

 肩を落として駅に向かっていると「瑠璃ちゃん」と声をかけられた。

 振り向くと君島先生がこちらに向かって手を振っている。

「よかった、追いついて。さっきから何度か名前を呼んだんだけど、聞こえなかった?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと考えごとしてて」

 苦笑いを浮かべると、君島先生はニコッと笑ってわたしの手を引っ張った。

「元気ないね。こういうときはひとりでいないほうがいいよ。御飯に行こう!」

「え、ちょっと待ってください。わたしそんな気分じゃないです」

「知ってる。だから無理矢理連行してる」

「でも……」

 できれば行きたくない。けれど君島先生はタクシーを捕まえ、強引にわたしを乗せた。

「御飯食べたらすぐ帰すから。俺だって瑠璃ちゃんのことが心配なんだ」

 そう言われてしまうと断ることもできずに、わたしは言われるまま君島先生と食事をすることにした。

 連れてきてくれたのは、雑誌にも掲載されている焼き肉屋さん。こんな気分のときでなければ、本当に大喜びするような店だ。

「運よく予約が取れたからね。ほら遠慮しないで、とりあえずビールでいい?」

 席に座ると君島先生はわたしにメニューを渡して先にビールを注文してくれた。食欲はないけれど、少しお酒でも飲んだら気分が変わるかもしれない。

「特に食べたいものがないなら、勝手に注文していいかな?」

「はい。お願いします」

 わたしがメニューを渡すとビールとお通しを持ってきてくれたスタッフに注文を済ませる。

 そしてわたしに向き直ると「お疲れさま」とビールジョッキを掲げた。わたしもそれに倣い、ジョッキを口に運ぶ。ごくんと飲むとのどごしのよいビールのおかげで少し気分が持ち直した。
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