溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
――三週間後。
退院を翌日に控えた日の午後。松葉杖にも慣れたわたしは病室を抜けだして屋上へとやって来ていた。
気持ちいい風が吹いてきて、頬を撫でる。
結局、もとには戻らないんだ……。
午前中の診察で自ら医師に尋ねた。わたしはまた事故前と同じように走ることができるようになるのかと。
医師は「経過次第かな……」と言ったけれど、いつもほがらかな医師の顔が困った顔をしていた。大人の優しい嘘を見抜けない歳ではなかった。
わたしは肩を落として診察室を出た。部屋に戻る気持ちにもなれずに、そのまま屋上へとやって来たのだ。
屋上は庭園になっており、患者さんがリハビリをかねて歩く姿やベンチに座って見舞客らしき人たちと話をしている姿が見受けられる。
わたしはあまり人のいない場所に向かって、高いフェンスの前に立つ。そこから眼下に広がる町並みをひとりじっと見つめていた。
これまでとなにも変わらない日常が流れているように思えた。けれどふと足元に目を向けると、そこにはギプスを巻いた自分の足がある。急に現実に引き戻されて、胸が苦しくなって目をつむる。
するとそこに浮かんでくるのは、陸上競技のトラック。目指す先にはゴールがあって……ぱっと目を開いて、その映像を頭から追い出した。
『……っ……う』
涙がこぼれそうになったのをなんとか耐えた。事故に遭ってから何度も何度も泣いた。でもなるべく周囲に心配をかけたくなくて、事故の日家族の前で泣いて以来、夜中布団の中で声を殺して泣くことがほとんどだった。ここは他の人もいる場所だ。我慢しなくては。
だけど今日はなかなか我慢が難しい。なんとかしようと深呼吸をする。
医師の言葉に自分の中にあった一縷の望みが消えたのだ。もしかしたらという気持ちが砕かれてしまった。
わたし、もう二度と走れないんだ。
自分で自分を納得させなくてはいけなかった。けれどどうしてもそれを受け容れることができない。