溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
『お前がそんな顔してるほうが、家族は心配すると思うぞ。だから、思い切り泣いてしまえばいい』

 わたしは誰かに泣いていいよって言われるのを待っていたのかもしれない。彼の言葉が引き金になり、抑えてきた感情が爆発してぼろぼろと涙をこぼした。人目を気にすることなく声をあげて泣いた。

 時折他の人の視線を感じたけれど、男性がそっと前に立って見られないようにしてくれているのに気がつく。

 そのおかげで、今まで我慢していたぶんも思い切り泣いた。男性はなにも言わずにただ黙ったまま、周囲の視線からわたしを守ってくれていた。

 それが心地よくて、わたしは安心して涙を流すことができた。

 涙もやっと収まりかけた頃、ぐずぐずと鼻をすすっているとその男性がハンカチを差し出してくれたので、遠慮なく貸してもらった。

『ありがとうございます』

 お礼を言うと男性はまた憎まれ口をたたいた。

『いや、別におまえのためじゃない。こんなところで事故でもあったら迷惑だって、最初に言っただろ?』

 たしかにそう言っていた。けれどそれは本心ではないと、彼の態度から感じた。

 親切な人なんだな……。

『あの、これ』

 男性に借りたハンカチは、涙で濡れてしまっていた。

『別に返さなくていい。もらいものだ。それよりも早く病室帰れよ。看護師が心配して探してるんじゃないのか?』

『あっ……そうだった』

 診察を終えた足でなにも言わずにここに来てしまっている。担当の看護師さんが心配しているに違いない。

『早く戻らなきゃ』

 慌てて松葉杖で歩き出そうとしたわたしはよろけてしまった。しかし男性がそれを支えてくれる。

『おっと、また怪我したら、入院が延びるぞ』

『それは困ります』

『だよな。気をつけて帰れよ』

『はい、ありがとうござ――』
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