溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 そのときわたしははじめてはっきりと男性の顔を見て、目を見開いた。この世にこんなカッコいい人が存在するのかと思うほどの、整った顔立ちの人がそこにいたからだ。

『なんだ? どうかしたのか? どこか痛いのか?」

 あまりにもわたしがじっとしていたせいで、不審に思った男性が心配している。

『いえ、あの、元気です』

 大きな声でそう答えたわたしに、男性は笑った。

『その足で元気はないだろ。でもまあ、さっきみたいな泣き顔よりも今の顔のほうがいい。ほら、早く病室に戻って』

『はい。あの、ありがとうございました』

 促されてわたしは、エレベーターに向かう。最後に振り向くと男性はフェンス越しに遠くの景色を眺めているようだった。

 エレベーターに乗り込んだ後、彼のハンカチを見るとそこには、自分の通っている高校と同じ校名が書かれていた。

 急いで携帯電話を取り出して写真を撮ると、妹に送る。するとすぐに返信があった。

【これは付属大学の創立記念に配られたハンカチだから非売品だね。どこで手に入れたの?】

 年下の瑠衣の情報量に感心しながら、さっきの男性の話をする。

【それって、もしかして、この人じゃない?】

 送られてきた画像は、さっきの男性だ。けれど明らかに隠し撮りとわかるような画像だった。

 この人からもらったと言うと興奮した瑠衣から電話がかかってきた。どうやら彼はわたしが通っている付属高校の大学の医学部に通う学生で、ここの院長の息子らしい。

 しきりに羨ましがる瑠衣の話を適当に聞いて、電話を切った。

 だからここにいたのかぁ……。たしかに自分の実家の病院で転落事故なんかあれば迷惑だろうな。だけどきっとそれだけじゃなかった。

 彼の心配が心に届いたからこそ、わたしは思い切り泣けて少し前向きな気持ちを持てた。他人だからこそ、泣き顔を晒すことができた。そういう機会をもたらしてくれた彼に感謝する。

『中村和也さんかぁ……』

 最後に見た彼の顔が頭に思い浮かんでくる。

 この日から、彼がわたしの心を救ってくれたヒーローになったのだ。
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