あの丘で、シリウスに願いを
「翔太先生?どうしたんですか?」

「ごめん、嬉しくて」
「嬉しい?」

翔太は体を震わせながら、自分の銀色のボールペンを握りしめている。ポロリと一粒涙が頬を伝った。
大の男が、泣くなんて一体どういうことなのだろう。

「全天で一番明るく輝く星『シリウス』。このボールペンを手にした人の一番になってほしいと願って、その名前を付けたのは俺なんだよ」
「えっ、翔太先生が?」


「そう。
俺ね、一回り歳の離れたいとこの拓人が生まれるまで、“一条”の後継者として帝王学を叩きこまれてたんだ。
老舗文具店『大星堂』の再建もその一つだった。

考えてみてよ。まだ小学生の子供が会社の経営状況を把握して、破綻か再建かを判断するんだ。一条って家は、恐ろしい家だろ?

俺にはどうしても切り捨てられなかった。人生かけて魂を込めて一本づつ丁寧に手づくりする職人に、辞めろというのは、死ねと言ってるようなものだ。だから、俺なりに考えた。ボールペンって使い捨てが主流だけど、持っているだけでステイタスになるような、最高級品があってもいいんじゃないかって。職人と試行錯誤を繰り返して作ったのが『シリウス』なんだ。

初めて出来た『シリウス』を親父殿にプレゼントしたんだ。広告塔になってもらうために。
目論見通り、大学の教授をはじめとしたお偉いさん達が、親父の使う『シリウス』を見てこぞって買った。おかげで『大星堂』は生き残った。

だけど、デジタル化が進んで高級ボールペンは今だいぶ追い込まれていてね。
こんな時にそんな風に憧れてくれて、買ってくれた人がいたことが嬉しいんだ」

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