復讐目的で近づいた私をいくらで飼いますか?


手のひらをかざして、重たそうな扉が自動で開く。
見ると、壁に目視できるプレートには『副社長室』と書かれていた。


さすが御曹司。


そう、着いた場所は藤堂ソフト株式会社の階に位置する、新が日頃、仕事をしている部屋だった。


「……彼女を連れて来る場所としてどうなの?」

「見せたいものがある。」

「……意味わかんない。ここにある物は全部社外秘でしょ?」

「いや、そうじゃない物もある。」


新は自身のデスク下にある引き出しを開けて、漁り出す。
そんな彼を見つめて、ふつふつと湧き上がる何とも言えない憎しみを、奥歯で噛み締めるようにして耐えていた。


復讐。


潰してやりたいくらいに、憎い会社。

その会社の副社長を好きになった。

だけど、この矛盾している今の感情を何処に流せばいいのか、わからなかった。


「………私、帰りたい。」

「………なんで」

「話をするのに、ここを選ぶとか…新ってセンスないよね」

「…………かもな。」


言い返してよ。

こんな皮肉。嫌な言葉。
傷つけるために研いだナイフのような鋭利な言葉を、私は仕舞いきれなかった。


「……新って昔からそう。人の気持ちを汲み取るのが下手。人の気持ちを踏み躙るのが大得意。」

「…………そうだな。」

「惨めな姿を見て、楽しんでる? 買収された会社の元令嬢でラウンジレディの私を……卑しくて、見た目だけ取り繕った私を、こんな場所まで連れてきて…面白がってる…? 」

「…………」


止まらない。
こんなことが言いたいわけじゃない。
新がそんな人じゃないって知ってるのに、嫌というほど好きになってしまったのに。

どうして、こんなにもよくわからない言葉を口にしているんだろう。

ジクジクと胸の奥が痛む。息が苦しく感じる。

消えてなくなりたい、なんて思ったその時、新は口を開いた。


「俺のことを悪く言うのは別に良い。でも、純連が自分自身のことを悪く言うのは肯定しないし、許せない。」

「………意味わかんない…」


私の人生を、私の生き方を、私が好き勝手言うのに許可なんて必要ないでしょう…?

哀れなヒロインなんて似合わない。

復讐劇のシナリオを作成して、人間味が強くて残酷なヒロインが私には似つかわしい。



……そう思っている私を、新は全否定するの?



「……純連は可愛い。」

「っ…ここで言う言葉じゃない…」


新は口を固く結んで、私に近寄る。ゆっくりと私は後退りし、数歩下がったところで背中に壁があたった。それから彼は私の横の壁に手をつき、真っ直ぐに私の瞳を覗く。


「惨めだなんて思わない。卑しくもない。」


一瞬、時が止まった。

心の奥が、じわっと暖かさが取り巻く。

新はそう言うと、涙目になった私の目尻を唇が這う。それに驚いて背筋が伸びると、すぐさま私の唇に今度は口付けた。


「言っただろ。………『俺はいつだってお前を想っていた』って」


キス一つで、いとも簡単に私の心は丸くなる。

耳元で囁かれて、胸の奥がキュゥっと甘く締め付けられた。


「俺の好きな人の悪口…言って欲しくない。」


光が滲み、視界が揺らいだ。


「……惨めだ、卑しい、なんて感じるのは純連の自信がないせいだ。もっと自己肯定感高くしろよ。アホ。」

「っ…そうやってすぐにアホって……んっ」


私の言葉を遮るように、新は唇にガブッと噛み付くようなキスをする。


「んん!」

「……ばーか」

「んんんー!」


なかなか離れてくれなかった。隙ができて話せる!って思えば新が話して…。
私の声は言葉にならず、たしなめられてしまう。


「離っ…ん…」

「うるさい」

「……だっ…て……うぅ…ん」


なんだか可笑しくなってきて、笑いが込み上げきた。

トントンと新の胸を押しても解放してくれなくて、私が観念し始めた頃、一度唇を舐め上げて彼は言う。


「好きだよ。俺のこと信じて…」


真剣な表情が視界で一杯になる。


「……うん。」


頷くしかないじゃんか。


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