溺愛音感

アウェー状態をひしひしと感じながら辿り着いた『KOKONOE』のオフィスビルは、見上げると首が痛くなるくらいの高さがあった。


(うわ、大きい……)


いまさらながらに、俺様は本物の社長なのだと実感する。

回れ右して帰りたくなったが、簡単なおつかいすらできないダメ犬だとは思われたくない。
勇気を奮い起し、ガラス張りのエントランスに足を踏み入れた。

ぴかぴかの床に曇りひとつないガラス窓、三階の高さまでの吹き抜けは、一見してモダンで冷たい印象を与える。

ドキドキしながら辺りを見回し、広々とした空間の奥にあるものに目を引かれた。

壁一面をつかったオブジェが、人工的で無機質な空間を柔らかく、穏やかなものへと作り変えている。

黒っぽい天然石を流れ落ちる透明な水、水面に反射する陽光の輝き、そして涼し気なせせらぎ。
一瞬、ここがオフィスビルであることを、忘れてしまいそうになった。


(なんか……なご……ええと……うん、和む)


いつの間にか詰めていた息をそっと吐いて、エントランスの中央に位置する受付へ向かう。


「いらっしゃいませ」


人好きのする柔らかな雰囲気の受付嬢は、どう見ても違和感ありまくりのわたしにも、にこやかに挨拶してくれた。


「あの、ま……九重社長に頼まれたものを届けに来たのですが」

「恐縮ですが、お名前をお伺いしてもよろしでしょうか?」

「ハナ……榊 絆杏です」

「榊さまですね。社長より、お通しするよう申し付かっております。こちらがセキュリティカードになります。見える場所に携帯していただき、あちらのエレベーターのカードリーダーにかざして一度十七階をお選びください。その後、十七階に到着してから、再度十九階をお選びください」

「え……」


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