溺愛音感


「えっ」


ギクリとして見上げれば、まさにいい声の持ち主である男性が銀色のタンブラー片手に立っている。


「やっぱりそうか」


「え、と……あの……」


(な、なぜバレている……)


初対面のはずなのにとうろたえている間にも、次々と質問を浴びせられる。


「柾と待ち合わせているのか? それとも、ひとりで散歩中か?」


「あ、や、そういうわけでは……」


「そうではないなら……なるほど」


男性は、テーブルの上に置いてあったマキくんのスマホを見て、笑った。


「柾は会議中だ。ハナが来ていると、秘書に伝えておこう」


「あ、ありがとうございます!」


(親切な人……優しそうだし、俺様のマキくんとはちがって大人……)


などと思っていたら、スマホを取り出した男性は、真面目な顔でとんでもないメッセージを口にした。


「中村か? 社長は会議中だろうから、伝言を頼みたいんだが……ああ、いや、仕事の話ではない。『おつかいに来た愛犬が迷子になっている。保護したから、あとで届ける』と伝えてくれ」

「げほっ!?」

(あ、愛犬っ!? な、な、なんでそれもバレてるの……?)


向かいの席に腰を下ろした男性は、咳き込み、動揺するわたしを見てくすりと笑った。


雪柳 蓮(ゆきやなぎ れん)。柾とは、高校時代からの腐れ縁だ」


慣れた仕草でポケットから取り出した名刺を渡される。

財務経理部部長。
具体的にどんな仕事をしているのかわからないが、なんとなく偉そうだ。


「で、柾との暮らしは快適か? アイツの場合、かまい過ぎてペットに嫌われる典型だと思うんだが」

「……快適、です」


「どこで拾われたんだ?」


「……ろ、路上」


「路上?」


切れ長の目を見開かれ、誤解を招く言い方だったと慌てて否定する。


「あ、いえ、あの、買われたとかそういうわけじゃなく……」


「ふっ……そんなことは思っていないし、柾はそういうことをするような男じゃない」


優しい笑みを向けられ、ほっとする。


「ところで、『ハナ』は本名なのか?」


「え、あ、はい。本名は絆杏(はんな)ですが、みんなハナと呼びます」


「あいつが勝手に名付けたわけじゃないんだな。で、柾とはどういう関係なんだ?」

「ぐっ」


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