溺愛音感
志摩子さんがマキくんにブランケットを掛けてあげるのを見届けてから、松太郎さんと部屋を出た。
書斎は、松太郎さんの部屋からさほど離れていない場所にあり、わたしがひとり暮らししていたアパートの部屋よりも広い。
大きな窓から差し込む光で室内は明るく、天上まで届く本棚が壁の一面を埋めている。
「志摩子さんには掃除だけしてもらっているが、片付けまではいいと言ってあるから、散らかり放題ですまんね」
大きなデスクには何冊もの本が、ソファーセットのローテーブルの上にはDVDの箱が積み上げられていた。
ソファーは、壁にかけられた大きなモニターを向いているから、ここでくつろぎながら映画鑑賞をするのが松太郎さんの日常の一コマなのだろう。
そんな部屋の片隅、窓際に置かれた小さなキャビネットの上には、大小いくつもの写真立てが並んでいた。
「見てもいいですか?」
「かまわんよ」
マキくんや椿さんの写真に交じり、若かりし頃の松太郎さんの写真もある。
なかなかのイケメンだ。
もっとも興味を引かれたのは、古びた一枚の写真。
赤みを帯びた豊かに波打つ金髪の女性を写したものだった。
(マキくんに似てる……)
「このひと、もしかして……」
松太郎さんは、優しい笑みを浮かべて頷いた。
「わしの奥さんのジャンヌだよ」
「奥さん……」
「亡くなって、もう五十年経つ」
「……病気、ですか?」
「心臓発作で倒れて、それきりだった。もとから、あまり身体が丈夫ではなかったんだ」
「知り合ったのは、日本ですか?」
「いいや。洋家具の勉強のために、留学していた先で知り合って、駆け落ち同然で日本へ連れ帰ったんだ。結婚してすぐに子どもができて、結局一度も里帰りさせてやれなかった。家族と離れ離れで、寂しい思いをしていただろうに……」
「でもっ……すごく、幸せそうに見えます。家族と離れて寂しかったかもしれないけれど、ジャンヌさんはきっと後悔していなかったんじゃないかと思います!」
悲しげな笑みを浮かべる松太郎さんを慰めたくて、彼女と松太郎さん、そしておそらくマキくんのお父さんだろうと思われる赤ちゃんが写った写真を指差した。
「だといいんだが。柾は、ジャンヌによく似ておるだろう?」
「はい。日本人じゃない血が混じってるのかなって、思ってました」
「もうひとりの孫、柾の妹の椿はさほどではないが、柾はだいぶジャンヌの血が濃く出たようでな。子どもの頃は、髪の色がほとんど金色に近かったんだよ。見てくれがあまりにもちがうせいもあって、中学に入るまでは仲の良い友人もできなかった。学校も行ったり行かなかったりするんで、家庭教師をつけていた」