溺愛音感
「……いじめ……られてたんですか?」
「いや、そんなことはない。柾は警戒心が強い子どもだったし、周りの子どもたちも柾をどう扱っていいかわからなかっただけだろう。椿が小学生になってからは、一緒に登下校をしたいがために、真面目に学校へ通っていたが」
「マキくんって、かなりのシスコンですよね」
「うむ。他人との距離が大きいから、家族にはべったりだ。椿は活発な子で、目を離すと失踪したり、怪我をしたりと危なっかしくて、お目付け役が必要だったせいもあるがね」
「そうなんですね。椿さん、見た目はすごい美人で、大人っぽいけど……」
松太郎さんは、「それはない」と笑った。
「あれは、見かけ倒しだ。同じ年ごろの女性と比べれば、世間知らずだし、色気も足らん。無駄に行動力がありすぎて、後先考えずに突っ走る癖もある。包容力のある雪柳くんだから、好き勝手なことが許されているんだ。彼以外に、椿の手綱を握るのはまず無理だろう」
「雪柳さん、優しいし……腹黒いから」
「うむ。元営業だから、椿を言いくるめるのはお手のものだ。しかし、優しすぎるのが玉に瑕だ」
「お婿さんになってくれるの、楽しみですね」
「ああ。雪柳くんは日本酒派で、存分に酒談義もできる。この家に、柾とハナちゃん、椿と雪柳くんが住んでくれれば、さぞかし賑やかになるだろうなぁ。ひ孫も一緒なら、言うことはない」
松太郎さんは顔を綻ばせ、実現しそうもない未来を楽しそうに語る。
「まずは、柾の赤ん坊の頃の写真から見ようか」
本棚から、数冊のアルバムを取り出した松太郎さんと並んで、ソファーに座り、少し古びた写真を覗き込む。
髪の毛もまだ生えそろっていない赤ちゃんのマキくんは、惜しげもなくカメラ目線で屈託のない笑顔を見せている。
しかし、その後は様子が一変。
積木で遊ぶ姿、猫とにらめっこしている姿、松太郎さんの膝の上に座っている姿――いろんなシチュエーションで写るマキくんは、どれも仏頂面だ。
あどけない寝顔が、唯一の例外だった。
「柾は、見てくれが目立つから、見知らぬ人に話しかけられたり、いきなり写真を撮られたりすることもしばしばで、すっかり写真嫌いになってしまったんだよ」
まだ四、五歳と思われるマキくんの髪の色は、先ほど松太郎さんが言ったように、ほとんど金髪に近く、瞳の色も青味がかっている。
「成長するにつれて、だいぶ日本人寄りにはなったし、腫れ物に触るような扱いはされなくなったが……その代わり、学内外の女子生徒にまとわりつかれていたな。家まで押しかけて来る子もおった」
黙っていれば、王子様に見えるマキくんだ。
憧れ、淡い恋心を抱く女の子はたくさんいただろう。
結婚を目論む人もいたというし。
「マキくんがモテるの、わかります」
「確かにモテておった。連れ歩くのも、美女揃いだった。だが、学生時代を含め、特定の相手はいなかったと思う。それはそれで、褒められたことではないが」
「……そう、なんですね」
そんなはずはない。
例外がひとり、いるはずだ。
そう喉まで出かかった言葉を無理やり呑み込んだ。