溺愛音感
思わず振り返るが、パーテーションに遮られ、向こうの様子は窺えない。
「それは、花梨が使う手だろう?」
「心外だわ。わたしは、どんなに毒舌で嫌味な相手でも、ちゃんと会話を続ける努力は怠りません!」
「そうやって、相手をイラつかせるのが手だろうに」
「そんなことないわよ。現に、柾さんはイラついてないじゃないの」
「手の内をよく知っているからだ」
会話の内容と王子様モードではないマキくんの様子から、二人がとても親しいことがわかる。
じゃれ合うように何気ない会話を続ける二人は、パスタとサンドイッチを注文したようだ。
茫然としていたけれど、そこでようやく何かがおかしいということに気がついた。
(マキくん、わたしとランチをするつもりじゃなかったの? でも、じゃあ、どうして中村さん、あんな電話……)
その答えは、思いがけず隣の会話からもたらされた。
「それにしても、近況を報告しようと思っただけなのに、わざわざこんなところまで来なくても。秘書に予約までさせるなんて、わたしとの友情を秘密にしておきたいの? それとも、都合よく利用されているのかしら?」
(え? 最初から……マキくんは、彼女とここに来る予定だったの?)
どうして自分がここに呼び出されたのか、ますますわからなくなった。
「これまで売った恩を思えば、カモフラージュ役くらい頼んでもいいだろう? 西園寺のタヌキオヤジは、未だに俺に花梨を勧めて来るし」
「喜んでお引き受けすると言いたいところだけれど、もう無理だってわかってるでしょう? それにしても、破談になったお見合い相手に、バツイチの半分棺桶に足を突っ込んでいる女を再度押し付けるなんて、何を考えているのかしら? あの人。本当に厚かましいわね。我が父ながら、恥ずかしいわ」
「不動産業界のトップである西園寺建設と『KOKONOE』が繋がれば、大きなメリットがあるのは、目をつぶっていてもわかることだ。経営者なら、社の利益を第一に考えるのは当然だろう」
「あら。それなら、どうして柾さんは頷かないのかしら?」
女性は、からかうような声音でマキくんに訊ねる。
「いまの『KOKONOE』は、西園寺と対等な関係を結ぶには力が足りない」
しかし、マキくんの答えに、「花梨」と呼ばれている女性は呆れたらしい。
大きな溜息を吐いた。
「そんなつまらない回答を聞きたいんじゃないわ」
「何が聞きたいんだ?」
「これまで、数々の美女と浮名を流して来た九重の若社長に、とうとう本命の彼女ができた。結婚も秒読み段階。巷では、そんな噂が流れているみたいね」
「……初耳だな」
「本当に、単なる噂なの? 相変わらず、結婚する気はないってこと?」
「その気があっても……無理だろうな」