溺愛音感


「編集担当が梛の友人で、わたしたちのことを心配してこっそり知らせてくれたの。場合によっては、わたしと柾さんの仲を疑うような記事にも発展しかねないし。ここは、わたしが上に圧力をかけて止めたわ。でも、フリーの持ち込みだったらしいから、他社にも同じ情報を持ち込んでいる可能性は高いわ。紙媒体はともかくとして、インターネット上で拡散されたら止めようがないと思うけれど?」

「……すまない。先に出る」


一瞬の沈黙の後、マキくんは短い詫びの言葉を呟き、席を立った。

慌ただしく去って行く足音に続き、彼女も深々と溜息を吐いて立ち上がる。


(なんだかよくわからないけれど、きっと良くないことだよね? しかも、わたしに関係しているような……)


わたしを呼び出した人物の意図はわからないが、このまま黙っていては、知る機会を自ら手放するようなものだ。


「あのっ」


席を離れる彼女の背を慌てて呼び止めた。


「え?」


振り返った彼女は、大きな目をさらに見開く。


「あなた……」

「初めまして。榊 絆杏です。わたし、偶然隣の席にいて……あなたとマキくんの会話を聞いてしまったんです。それで、お訊きしたいことがあって! お忙しいとは思うんですけれど、でも、あの、お時間を割いていただけませんか?」


一気にまくし立てるわたしの勢いに、彼女はあっけにとられていたが、ふと眉をひそめた。


「隣の席ですって? 柾さんは、他人に会話を聞かれないように、左右を含めて三席予約したはずよ?」

「え、や、でも、中村さんが予約していているからって……」


わたしの言葉を聞いた彼女は何か思い当たる節があったのか、「完全に、クロね」と呟く。


「あの……?」

「申し訳ないけれど、このあと予定が入っているの。お話するのは、移動しながらでもいいかしら?」

「え、あ、はい、もちろんです」


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