溺愛音感
「全体的な容姿や雰囲気が、彼と彼のお父様はよく似ているのよ」
「……?」
それがどうして結婚に向いていないということになるのかと思いかけ、ハッとした。
(両親の離婚は、父親の浮気が原因だったから……?)
わたしが答えに辿り着いたのを見て取った花梨さんは、苦い笑みを浮かべた。
「背中を追いかけたくなるどころか、目を背けたくなるような父親を持つと、お互い苦労する。そんな話になって意気投合したのよ。わたしたち」
「そんなに……お父さんのこと、嫌いなんですか? マキくん」
「わたしは女だから、父親に自分を投影することはないけれど、彼は同性だから。同じ男性として、お父様の気持ちも理解できる分、余計に苦しいんじゃないかしら」
彼女自身、マキくんとは長い付き合いだが、大企業を経営する同類ということで、親同士も多少の面識があり、九重家の事情を知っているのだという。
「彼のご両親は、一般家庭に育ったお母様が尻込みするのを、お父様が半ば強引に押し切って結婚されたそうなの。結婚後、お母様は、お父様にふさわしい女性になろうと、かなり努力したそうよ。わたしが知る彼女は、社交的で華やかで、いかにも大企業の社長夫人という感じだったわ。でも、お父様は彼女が変わっていくのを喜べなかったようね」
「どうして? だって……」
マキくんのお母さんにとって、いままでの自分を変えるのは大変だったかもしれないが、イヤではなかったと思う。
好きな人のために何かをしてあげたい、力になりたい、支えたいと思う根底にあるのは、相手を大事に思う気持ちだ。
「これは、柾さんの見解なのだけれど……お父様は、自分が彼女を変えてしまったという罪悪感に押しつぶされて、向き合えなくなってしまった。彼女を不幸にしたのは自分だと思い込み、早く解放するべきだと頭ではわかっているのに、本音では離れたくない。仕事を優先していたせいで、子どもたちに父親らしいこともできなかった。家族を大事にしたいのに、できない。そんな自分の気持ちを持て余し、不実を重ねて、とうとう別れを切り出されて、ようやく目が覚めたけれど……手遅れだった」
「それって……」
「結婚している時は浮気しまくっていたくせに、離婚した途端、身の回りから女性の影が一切なくなったそうよ」
何とも言えない感情が、胸に渦巻く。
「不器用すぎるわよね」
「はい」
「しかも、お父様を反面教師にして育った柾さんは、もっと面倒くさいことになっているわ。柾さんの言葉は、本人も気づいていない気持ちの裏返しなのよ。妻にも子どもにも、愛情を注ぐことができないのではなくて、注ぎ過ぎるのが怖いだけ。深く愛しすぎてしまって、自分も相手も苦しめてしまうのを恐れているんだと思うの」
マキくんはリスクを冒したくないから、わたしとの関係を「いらないもの」として断ち切ろうとした。
そのリスクとは、大事なものを選んだがゆえに、一度は結んだ絆が切れ、なくなってしまうことではなくて。
大事なもののために別れるべき時が訪れても、それを受け入れられずに、わたしを苦しめてしまうリスク。
つまり。
「好きではないから結婚できないのではなくて、好きすぎて結婚できないなんて……とんでもないヘタレね」