捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「今日は雰囲気が少し違う」

 それを言うなら、佐渡谷さんだって同じだ。

 今、目の前にいる彼は揉め事から助けてくれたときよりも、カフェで食事をしたときよりも魅惑的っていうか……。

 彼の透き通るような色素の薄い瞳と向き合うと、時も場所も忘れて意識を奪われそう。
 同時に、得体の知れない動悸が私を襲ってくる。

「え? あ、服装かな。いつもは動きやすさを重視しているので」
「ん。あと、髪型かな」
「あー、これも。仕事では必ず結ぶから……」

 佐渡谷さんは照れ隠しで笑って返す私から、片時も視線を外さない。そして、やさしく目尻を下げ、耳に心地いい声で言う。

「下ろしていても似合う。綺麗な黒髪だ」

 微かに流れているBGMなんてかき消してしまうんじゃないかってほど、心臓が激しく脈打つ。

 こんなの勘違いしちゃう。

 素晴らしい肩書きと紳士的な性格の……非の打ち所がない彼と、特別な間柄になる可能性もあるのかな――と。

 気持ちにブレーキをかけようとしているのに、どうしても目線すら逸らせない。

 そこに、いいタイミングでスタッフがやってきた。

「お待たせいたしました。お飲み物とアミューズをお持ちいたしました」

 手慣れた様子で私たちの前に飲み物と、もうひとつずつグラスを置いていく。私は目の前に置かれた、コロンとした丸みを帯びたオールド・ファッションド・グラスに注目した。

 背が低いグラスの上には、細長いパンのようなスティックが添えられている。
 中身はとろりとしていそうなクリーム状のものが浅く入っていて、上には半熟の卵黄が盛りつけられていた。

 アミューズ……って、確かフレンチでは〝はじまり〟を意味するものだったかな?

 まじまじとグラスを見ていたら、正面から短い笑い声が聞こえてきた。

「ああ、ごめん。きみは料理を前にすると表情が一段と明るくなるな」
「えっ。そ、そんな顔してます?」

 無意識だから自分じゃよくわからない。そんなふうに指摘されたことは初めてだから、なんだか恥ずかしくて頬に手を添えた。
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