捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「うん。いい表情してる」

 さらりと歯の浮くようなセリフを言われ、過剰に反応しそうになったけど寸前でとどまった。

 なんとか受け流して乾杯をし、ミネラルウォーターを口に含む。気を取り直し、アミューズと向き合った。

 グラス口に乗っかったスティックはねじられていて、細部まで遊び心を感じられる。そっと指でつまみ、ひと口食べてパイ生地だとわかった。

 そして、いよいよグラスの中へスプーンを沈ませる。とろっとした感触にわくわくが止まらない。

「うわ……すごく濃厚な卵!」

 初めはほんの少しの量を掬った。それにもかかわらず、口内いっぱいにまろやかな味が広がる。

「うん、本当だ」
「クリームソースと卵だけだと濃すぎるけど、バルサミコ酢がさっぱりさせてくれていいアクセントですね! へえ……こういう料理もあるんだ」

 私は味わい足りなくて、もう一度スプーンを口に運んだ。喉を通るたび「美味しい」と漏れ出てしまう。
 そのうち手が止まらなくなって、あっという間に完食した。

 ふと佐渡谷さんがこちらを見ているのに気づき、恐縮する。

「あ。すみません……いちいち反応しちゃって、うるさかったですよね」
「いや? いい表情をして食べるなあって。この間もそう思ってた」

 今日の佐渡谷さんは、今までにも増してニコニコしてるし、言葉がストレートだ。そのせいで、私はどうもペースを乱される。

「あはは……。私、作るのと同じくらい食べるのも好きなので」
「この前きみが言っていたこと、改めて実感したよ」
「え?」
「美味しそうに食べてる顔を見ると幸せになる、ってやつ」

 柔和な面持ちの彼から目を離せなくなる。

 それはこの間私がなにげなく話したもの。些細なことをそうやって引き合いに出して微笑まれたら……。

 急激に胸が高鳴る。目のやり場に困っていたら、またもスタッフの助け舟がやってきた。

「失礼いたします。オードブルをお持ちいたしました。〝春の香り〟です」

 場の雰囲気が変わって、ほっと胸を撫で下ろす。

 今度はガラスのスクエアプレート。
 野菜が散り散りに盛りつけられていて、絵画のようだ。内容はぱっと見てわかるものはアスパラ、さやえんどう、筍、ルッコラ……。

 私は不慣れなナイフとフォークを手に持ち、慎重に筍を口へ運んだ。
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