捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「口に入れたら、ふわっと春野菜独特の香りがする。まだ余韻が残るくらいに」

 職業柄いろいろと食していると思うけど、この店の料理はこれまで口にしたものとは別格だ。

「さっきのアミューズの卵もそうだが、これらはオーガニック野菜だよ。やっぱり風味が違う?」

 佐渡谷さんの説明に、私は感嘆の声を漏らす。

「なるほど、オーガニック! どうりで素材の味が濃いわけですね。贅沢だなあ」

 もちろんその言葉は知っているけど、こうして最高の食材を腕利きのシェフが作ったものを食べたことはなかった。

 言っても、さほど味は変わらないんじゃないかって心のどこかで思っていたけど、シンプルな調理で出されたせいか違いがよくわかる。

 今度はさやえんどうを咀嚼し、飲み込むと同時にはたと思い出す。

「そういえば、うちのクッキングルームもオーガニックのものを使っていこうかって話をしているらしくて」

 まだ具体的な話は、私たち社員まで降りて来てはいない。

 だけど、もし本当になるなら、こうやって余計な工程は省いてシンプルに素材の味を大事にしたほうがいいみたい。

「ああ、知ってたんだ。その件で、きみの会社がうちの傘下の食品メーカーへオーガニック商品を仕入れしたいと言っていて話は進んでるはずだ」
「ええっ!?」
「うちの会社の中には、青果物の生産から加工、流通や販売まで管理している部門もあるから。俺もオーガニック製品については、まだまだ勉強しなければならないことがたくさんあって」

 彼の口からすらすらと出てくる説明に、頭がついていかない。
 手を止めてひとつずつ理解したのち、疑問が浮かんで尋ねた。

「だから、今日はこの店へ……?」
「そう。ここのシェフは以前から有機栽培にこだわっていたみたいでね」

 あっさりと返された答えに、自分でも驚くほどショックを受けた。
 今しがた味わっていた野菜さえ、どんな風味だったか思い出せない。

「そう、だったんですね」
「それに、宇川さんは料理人のプロみたいなものだろ? いろいろと参考になる話や感想を聞けるかと思って」

 なにを期待していたんだろう。

 現実を突きつけられて、初めて自分が自惚れていたのだと気づく。

 彼はあくまで仕事の延長で私に声をかけてくれただけ。

 冷静になれば当たり前だよ。秀でた容姿なわけでもないし、佐渡谷さんみたいな立派な人が私に惹かれる理由なんてないじゃない。

 ものすごく恥ずかしい。

 それ以降私は、食事をするのがやっと。

 会話の内容も入ってこず、その後は自宅付近まで送ってくれたけど、それまでほとんど彼の顔をまともに見ることができなかった。
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